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「四季食彩 萩」の生さば寿司にびっくりした

先日、百式企画塾にていただきました、「四季食彩 萩」の生さば寿司。

先日届きまして、家族と義理の父/母でいただきました。

最初に結論から書いてしまいますが、食べるとウマくてビックリしますぜ


以下、感想です。

□メール文が気持ちいい

店長のしらさきさんから、非常に気さくな感じで心がこもったメールを
いただいたところから直接コミュニケーションが始まりました。

注文受付確認のメールまでも、店長さんがコメントをいれてくださり
とても気持ちのいいメールのやり取りをさせていただきました。


□ぎっしり生さば寿司

そして、ついに届きました。
箱を開ける瞬間というのは、どのような商品でもワクワクしますよね。

包みを開けると、メッセージカードも入っていました。これは嬉しいですね〜
ちょっとしたこういう気配りが気持ちを高めてくれます。

そしてさらに開けてみると、笹の葉に包まれた生さば寿司が出てきます。

1
貫禄


包みを開けるとドーン!

2
ドーン!


半分以上が、さばです。半分以上ですよ。びっくりしました。。


そして妻が切ってくれたんですが、切るのが大変だったそうです。
それだけぎっしりと詰まっていたんでしょうね。


で、切ったのはコチラです。

3
こんにちは!こんにちは!


寿司というと、ご飯(シャリ)の部分が多くて、その上にネタが
そっと載っているようなイメージですが、生さば寿司はどっちかというと
その反対な感じです。

さばがドーン!です。
※語彙力がなくてすみません・・・


□ついに食事

全員で本当においしくいただきました。

食べていて、正直一番びっくりしたのは、義理の父の感想でした。

義理の父には、この生さば寿司のことは特に伝えていなかったので
いつもの夕食のように、テレビを横目に本人は何気なく食べていました。

そんな中、一口食べた時、「ん??これうまいな。」と言ったんです。

内輪ネタすぎるので、非常に恐縮でもあり、またなかなかこれを伝えるのが
難しいのですが、魚関連の料理を食べて、義理の父が「うまい」と言ったのは
初めて聞いたのです。


義理の父は自分でうまい魚を釣る/食べるために、もう何十年も毎週毎週、
休みの日には海に釣りに出かけているほど、魚にうるさい人です。

知り合いの魚屋さんなんかも、いつもけちょんけちょんに言われているようで
確かに、義理の父が釣ってきて調理してくれた魚料理はおいしいんですよね。

しかも頑固者ときているので、買ってきた、もしくは他の人が調理した魚料理に
関しては今まで一度も「うまい」というのを言ったことがない人だったんです。

そんな人が、一口食べて「ん?これうまいな。」と言ったのを聞いた時には、
正直僕もびっくりしましたが、「あ、本当にうまいんだな」と実感しました。



□生さば寿司、うまいよ!

今回食べるにあたって、他のブログなどを見てみると、みんな絶賛していました。
有名なブログ等でもみなさん絶賛です。

なので、期待値が相当上がっていました。
そのため正直食べたときの感想は普通な感じになるかなぁと思っていたんです。

でもね、そんなことなかったです。

うまかったんです。

今まで食べた事のある、さばの刺身やしめさばとは素人の僕にでも分かるくらい違います。
なんと言うんだろう、「甘み」という表現が一番いいのかなぁ、それが全く違うんです。

僕は、醤油もなにも付けずにそのまま食べましたが、全く問題なくおいしくいただきました。

こんな時、彦麻呂はなんて言うんだろう。


うまいもん食べている時に、自然とみんなニコニコするのって不思議ですけど
いいですよね。


あんまり書いて煽ってる感じになるといけないので、こんくらいにしますが
一度是非に食べてみるとよいですよー。


幸いなことに(本当に幸い!)、仕事の関係でちょくちょく福井に行くことがあるので
今度行った時には、必ずお店に寄っていろいろと食べてきます。


□リピートに繋がる理由は何だろう?

食べて満足して、後に残った気になったことがいっこあります。

四季食彩 萩さんにリピートしたくなる理由は何だろう?ということです。

今後も食べると思いますし、福井に行くことがちょくちょくあるにしろ
直接お店に行こうとこんなにまで強く思っている、というのはなぜなんだろうか。

なんとなく漠然と「こうかなぁ」というのは浮かんでくるんですが、もう少し
まとめて後日アップしよう(そうしよう)。


□最後に

このようなおいしくも楽しい想いをする機会をくださった
四季食彩 萩のしらさき店長さん百式の田口さん
本当にありがとうございました!


似顔絵のコツ

ideaxidea で「イラストを描くときに便利そうな『表情の描き方50』」が出ていました。
これはとても便利ですね!

表情の描き方50



ちょこちょこイラストを書いていて、顔の表情についていつも悩んでいたので、
とっても参考になります。


最近読んだ本で似顔絵についての簡単なコツを書いていた本がありました。

似顔絵:山藤 章二 (著)

カラー版 似顔絵



山藤 章二さんは、週刊朝日の「似顔絵塾」をやっていた方なので、ご存知の方も多いと思います。

この本の中で、似顔絵についての技術的なコツが一つだけ出ていました(確か一つだったはず。。)

それは、「顔の輪郭と髪型が似ていれば、似顔絵になる」というものでした。

試しに、この本でも紹介されていた黒柳徹子さんはどうなるかと言うと。

黒柳徹子
黒柳徹子


他にも輪郭と髪型に注意して書いてみると、

イチロー
イチロー


小泉純一郎
小泉純一郎


これだけで、なんとなく似ているような感じになりませんか??


後は、リリーフランキーさんがいつだったかどこかで書いていたのは
似顔絵は、絵とその横に名前がついていればなんとなくそうなる
ということ。

この2つを知ってからは、えらい書くのが楽になりました。

なので、これからもし似顔絵を描いてみようかなぁという方は
・髪型と輪郭を似せるようにする
・その人の名前を一緒に載せる

という2点を入れれば、なんとなく似顔絵になるような気がします。

そこに、今回 ideaxidea で紹介されていた『表情の描き方50』
組み合わせると、とてもいい感じの似顔絵ができるのではないかと。


それと、「似顔絵」の本は、技術的なことについてはほとんど触れていない本ですが
「似せるより、自分にはこう見える、を表現した方が面白い」ということを
根底のテーマとして書かれている本のように感じました。

技術的なことはまぁいいから、楽しんで、どう見えたかを気軽に表現してみては
ということを書いてくれていて、イラストとか似顔絵へのハードルを低くしてくれる
良書だと思います。

もし、イラストや似顔絵に興味のある方は、一度ご覧くださいまし。

永田農法から学ぶこと(食は土にあり—永田農法の原点)

永田農法というのをご存知な方も多いと思います。

今までの農業で常識と言われていたことをどんどん崩していき
安全でおいしい野菜や果物を作る方法を編み出した永田照喜治さんが
開発した農法です。

永田さんは現在も日本だけでなく、世界中を飛び回り、永田農法の研究と
普及に努めていらっしゃいます。

その永田さんや永田農法について、詳しくまとめられている本を先日読みました。

そして、その本を読んでいて、この考え方や取り組み方は農業だけでなく
どんな業種の仕事にも使えるのではないかと思いました。

たくさん得ることがある本だったのですが、その中で一つの事例を要約して
ご紹介します。

現在の農業は、土壌が豊かであることや有機農業といわれるような天然の有機物に
よる肥料などを用いる有機農業、水も定期的にたくさん利用する方法などが
有効だといわれている。

しかし、永田さんが様々な体験や実験から導きだしたことは、
・土地は風通しがよく石ころだらけの栄養分が少ない場所
・水は極限まで与えない
・肥料は少量の液肥のみ
・薬は使わない
という方法であった。

これは、今までの常識から考えると「狂気の沙汰だ」と厳しく批判された方法であった。

常識と言われていた従来の方法が「肥えた土壌に、豊富な肥料」という方法だったが
永田農法は、「痩せた土地に少量の液肥」という真逆のやり方をしていた。

だが最初反対していた人達も、できた野菜や果物を食べてみると、誰もがびっくりする
味ができ、だんたんと理解者が増えていった。

なぜ、土壌が豊かなほうがいいという認識や多くの肥料を使う方法がまかり通っているのか。

永田さんは、「それは生産者や流通業者が自分の都合しか考えていないからです」と話す。

アメリカ型の農業が日本に入ってきて、面積辺りの収穫高を上げる方法が主流となる。
そして、なるべく見た目がよい、日持ちするように加工された野菜や果物が流通業者や
販売店側に好まれ、そういうものが店頭に並ぶようになった。

しかし、それは目の前の経済効率性を重視するあまり、人間の都合のよいように
コントロールするために植物が本来持っている味や安全性や生命力は無視した方法であると
永田さんは嘆く。

消費者にとって何が一番よいか、という視点が抜けている。


そのようにできた野菜や果物が、おいしい、安全であるはずがなく、野菜嫌いの子供が
増えるのもよくわかる。

子供は味に敏感で正直なんだと、永田さんは言う。

永田さんは、永田農法で育てることで、野菜や果物が本来持っている
生命力があふれんばかりに輝く、おいしく安全な野菜ができるようになった。

そして、そのおいしさを追求して行くと、原生地に近い環境を再現することがよい、
ということがわかってきた。

元々野菜や果物は野生の中に生えていた。
そこには当然、肥料も無くたくさんの水に恵まれている訳でない過酷な環境で育っていた。

上述したような生産者や流通業者の都合で、早く大量に生産できるように豊かな土壌で、
大量の肥料をまき、おなじような形にそろえられるようなものではなかった。

本当のおいしさを再現するには、原生地を再現する、ということがわかってからは
その野菜や果物にあった土地を日本や海外も含めて探し歩いている。

80歳になる永田さんが、今もなお現役で精力的に活動しているのは、
「安全でおいしい野菜をみんなに食べて欲しい」
その想いにつきるようだ。

この本はこちらです。
「農業」ということを軸にいろいろな内容が書かれていますが
業種に関係なく、たくさんのヒントを得ることができる本だと思います。

食は土にあり—永田農法の原点
食は土にあり―永田農法の原点


上記の要約の中で僕がとても興味を引いたのは以下の4点でした。

Continue reading

アナログ一眼レフ

久しぶりに、一眼レフを持って写真を撮ってきました。

デジタルカメラが主流のこの時代、相変わらずアナログの一眼レフを
使っています。

フィルム代、現像代、フィルムから写真を取り込む手間を考えると
いつも、あーデジタル一眼レフにしようかなぁと思うのですが
写真を撮っている感じや、できた写真を見ていると、やっぱりアナログ一眼レフが
一番しっくりきます。

今使っているのは、ボディは「CONTAX RX」。

京セラがCONTAX事業を終了したのが2005年9月。
サイトには商品紹介のページがなく、もうPDFでしか載っていません。

レンズは、カール・ツァイスの「Distagon T * 35mm F2.8」と
「Planar T * 85mm F1.4」の2本。

「Planar T * 50mm F1.4」も持っていたのですが、
3年前に落としてしまい、絞りがきかなくなってしまいました。

これらのカメラとレンズを手に入れたのが、なんと13年前。
しかも、その時は中古で手に入れたので、実際はもっと古くから活躍しています。

今まで一度も故障も無く、現役で活躍してくれます。
そんなに、しっかりと手入れしている訳でもないのに、なんとも丈夫なもんです。


今回は、持って行ったフィルムが相当古いものだったみたいで、
発色も悪く、なんだか昭和の写真のようになってしました。

でも、まぁそれはそれでなんとなく味があると思い込めば思える(笑


目を閉じた状態の不思議

ここ何ヶ月か歯医者に通っているのですが、椅子が倒れて口をガゴっと開けて、
目を閉じた状態でウィーンっと治療されます。

同じように美容院とかで髪を洗ってもらう時にも椅子が倒れて
上を向いて洗ってもらうのですが、それは全くイヤじゃなくて、
歯医者の時はどうも何かイヤなんです。

髪を洗ってもらうのは気持ちいい、歯の治療はイヤだ、
口を開けている状態を見られるのがイヤなんだと最初は思っていたんですが
どうやら違うみたいだとつい先日分かりました。

それは、先日の歯の治療の際に、水が飛ぶので口だけ出るようにして顔全体に
タオルをかけてくれたんです。

そしたら、なんだか不思議に安心したんですよね。
美容院で髪を洗ってもらう時とあんまり変わらない気分でした。

考えてみると、美容院とかで髪を洗ってもらう時にも、必ず
顔にタオルとかをかけてくれます。

「目をつぶっている状態の時に、目にタオルをかけてくれる」
というのが、どうやらポイントだったようです。

・自分が目を閉じているのが周りから見える状態というのは不安になる

これは僕にはとても不思議な発見でした。
※こう感じるのは僕だけかもしれないですけどね。。


なんでしょ、目を閉じているのが周りに分かる状態、というのは
人間の防御本能とかが働くんでしょうかね。

ネットで調べたんですが、よく分かりませんでした。


目を閉じている状態を積極的(無意識)に相手に見せる、
ということもそういえばありました。

それは、「キスする時」(こう書くとちょっと恥ずかしい。。)

この時には、たぶんほとんどの人が目をつぶっている状態を
不安も感じず相手に見せていると思います。

これはなんでなんだろう。

・目をつぶっている状態を不安を感じずに見せることができる
  ↓
・相手を信頼しているという表現

「僕(私)は、あなたのことを信頼しています」ということを
目をつぶって知らず知らずに表現しているんでしょか。

そう考えると、WEBや広告物とかに載せる写真で、
相手に「信頼していますよ」ということを伝えるには、
「目をつぶった人物」を見せることで、そういう想いが
伝えやすくなったりするんでしょうかね。

修悦体が新宿駅に再び登場?

なにかと話題沸騰中の「修悦体」が、発祥の地である新宿駅に再び登場していました。
※「修悦体」については、世に送り出したトリオフォーさんのサイトをご覧下さい。

JR新宿駅の中央東口の横にありました。

shuetsu.jpg
警備員さんごめんなさい。。たくさん写真撮られただろうなぁ。。


ここには、ずーっとあったんでしょうかね。
それとも、最近過去の引っ張りだして再掲示したのか。
それともそれとも、ご本人が登場して新しく作ったのか。

もしくは、これは修悦体じゃなかったりして。。


もう新宿駅のは全て撤去したというのをどこかで見たような
気がしたので、思わず写真を撮ってしまいました。

百式の新企画へのエントリー

前回書いた、百式の新企画へのエントリーです。

お題は、こちらです。

介護は必要になってからではなくて、今から意識しておくことが大事です。
そこであなたはクチコミが起こりやすい「占い」系サイトをたちあげることにしました。

あなたが考えたこの「介護占い」のサイト、(A)という情報を入力すると、
介護に対しての意識を高めてくれるような(B)という情報を出してくれました。

さて、(A)と(B)には何が入るでしょう?


今回考えたものの背景は、

●楽しめ、笑えるもの

Creator's NEXTの窪田さんがテーマとして掲げている
『シルバーエンターテイメント』というテーマに沿う形で
「楽しい」と思えるようなもの。


●介護に対しての意識を高めるには?

うーん、難しいのですが、どうやったら当事者意識を高められるかという
ことになると思うので、当事者意識を高められそうなものを出力できると
よいのかな。


●口コミを生むためには?

「自分が高齢になった時、知り合いが高齢になった時の顔を見てみたい」と
みんな思っている(はず!)。

「オレが年取ったらこんな顔になるみたい(笑)」とか
「好きなあの人はこんな顔になるのか・・・」とか。


この辺を背景に技術的に可能かどうかを無視して考えたのはこちらです。

○A(入力する情報)
・自分、もしくは知り合いの顔写真
・写真に写っている時の年齢
・写真の人の性別
・写真の人の体型

○B(出力する情報)
・写真の顔と入力した年齢を元に、高齢になった時の顔を変換して出力
・出力された顔がリアル(実写)なアバターとなる(入力した性別と体型から判断)
 ※事前に用意している複数のアバターの顔が上記で出力した顔写真になる
・そのアバターが、いろんな介護の説明ページ等に登場し、自分が介護を受けるときは
 こんな感じだよ、というイメージを持ってもらう。
 ※カクカクでもいいので、動きがあるとよいと思います。動画で事前に取った映像の
  顔だけが生成されたものに変わるとなおよいデスネ。


生成されたものは、

・ブログに貼付けられる
・URLをメールで送れる
・いろんな人の生成前の顔と生成後の顔がサイト上で見れる(難しいか・・)
・似ている顔はコチラとレコメンドしてくれる(レコメンドと言わないか・・)

とかあっても面白いかもしれないですね。


僕が考えたのは、以上です。


以下は、ちょっと個人的に最近介護について感じていること。


2週間前の木曜日の早朝に、祖父が脳梗塞で倒れました。

現在も入院中で、寝たきりになるのか、少しは動けるようになるのか
まだまだ分かりません。

祖父は、90歳を過ぎてもバイクでいろんなところにいくし、
心臓が悪く、ペースメーカーを入れていましたが、他にはほとんど
問題ありませんでした。

体型も健康診断の結果も今までほとんど問題ありませんでした。

髪もふっさふさで、見た目にもとても若く見えます。

それが突然、気分が悪いと病院にかけつけ、そのまま病院で倒れてしまいました。

介護の知識を必要とする瞬間は本当に突然やってきます。


田口さんがこの企画の紹介ページで書いていた以下を本当に実感しています。

個人的にもっとも危険だと思っているのは「必要になってから勉強を始めること」です。

あわてて、今介護保険や様々な施設、家のリフォーム等の勉強をしています。


そんなにわか勉強、にわか知識の中、介護周りのいろいろな制度や仕組みについて
感じたことが2つありました。

1.大人の都合の良いように(効率がよいように)できているものが多い
2.大人の「やってやった」という自己満足で終わっているものが多い


例えば、時々テレビなどでもみかけますが、施設に介護を必要としている高齢の方が
一カ所に集められて、踊りなどをしているシーンがあります。

これは、結構象徴的なシーンのような気がします。

なんというのでしょうか、「効率的」に「管理」できる形になっていると言うような
そんな印象を、にわか知識ですが今のところ受けています。

「善意」というものもあるため、なかなか反論するのも難しい
ということもあるかもしれません。

とにもかくにも何が言いたいかと言うと「利用する人が喜んでいないじゃん」と。


Creator's NEXTの窪田さんが言っている「シルバーエンターテイメント」は
本当に期待です。

何かお手伝いできることないかな。。

百式の新企画

百式の田口さんが、新しい企画を始めたようです。

「介護施設にだまされるな!」ブロガー応援企画&新企画:IDEA*IDEA
※詳細は上記をご参照ください。

個人的にグッときたのは

  1. 単にプレゼントするのではブロガーの人にとってあまり良くない
  2. 他の人のアイデア等を見ることができる

という2点でした。

1点目は、よく田口さんが「企業とブロガーが対等に対話できる仕組みを作りたい」
というような旨を話していました。

今までの百式の企画もそうでしたし、今回のものもその考えが反映されているのかな
と感じました。

他のブロガー向け企画は、百式の企画をパクっているものも多くありそうですし
ほとんどが、どうしても「お金」の匂いが先にきてしまいます。

以前参加した、AMNのイベントや、最近のブログマーケティングサービスなどもそうです。

この辺の思想の違いが好感度高しです。

2点目の他の人のアイデアが見れるというのは、今まで百式のイベントに
数回参加させてもらって感じていたことでした。

他の人がどのようなアイデアを出したのかについて、本当に興味があったので
これを知ることができる、ということがとても嬉しいです。


いろいろと課題も多くあるそうですが、まぁたぶんなんとかなるのでは
ないのかなぁ、と勝手に思っています。
※たぶん、この企画もどこかがすぐに真似するのかな。。

上記のアイデアについては、こちらにアップしました。

中国で流行するネット同棲

ちょっと古い記事になるんですが、CNETにこんな記事がありました。

中国で流行するネット同棲--出会い系サイトを越えた「おとなのゲーム」

概要としては、
・ネット上で借りたのマンションでバーチャルな生活を楽しむネット同棲
・ユーザーは、これらのサイトにある自分の部屋で、サイト上で知り合った人と同棲
・同棲相手と一緒に内装を考える、ペットを飼う、庭の手入れをする、プライベートな相談をする
というようなもののようだ。

ビジネスモデルとしては、部屋自体は無料で譲り受け、空っぽの空間を埋める為に
内装を変えたり、家具を揃えたりして行く際に、この空間で利用できる専用の通貨を
「元」で購入する。

また、ここで購入した家具等は有効期限が設けられており、同棲生活を続けるカップルは
継続的に使用料を支払うことになるというもの。


この記事の中で、最も興味を引いたのがこちら。

iPartmentでは、2004年7月にサービスを開始して以来、35万人以上の「居住者」を獲得しているが、
そのうちの約3分の1が同棲生活を続けているという。
なお、利用者の多くは20〜30代のホワイトカラーの女性。

日本だとなかなか実感が湧かないが、ネット同棲のサイトの利用者の多くが
20〜30代のホワイトカラーの女性というところ。

CNETの記事では、なぜその層が多いのか、というところがよく分からなかったため
上海の会社でもう3年くらいマーケティング等々をやっている、友人でもあり
尊敬する前職の上司でもあるに聞いてみた。

その内容がとても興味深いものでした。

聞いた内容は以下です。

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Mac Office のドキュメントが壊れた時の対応方法

Mac Office のパワーポイントで作成していた企画書が突然強制終了し
再度そのファイルを立ち上げようとしたらこんなメッセージが・・・

hason.png
ファイルが壊れているか、使用中、またはPowerPointで認識されない可能性があります。。って。。(涙

ネットでいろいろと検索してみても、削除したファイルの復元方法に
ついては出ていたのですが、壊れたファイルの復元方法がなく諦めようと
思ったそのとき、念のためオープンソースのOfficeソフトである
NeoOffice」で開いたところ、なんと開きました!

neooffice.png


モニターがちょっと涙でにじみましたよ。。。

NeoOffice」で開き、再度別名等で保存し直したものを、
Mac Office のパワーポイントで開くと、無事復活です。

ただ、これはソフトの互換性の問題だと思うのですが、レイアウトや
文字フォントなどが若干崩れている箇所がありました。

でも、そんなの関係ねぇ。そんなの関係ねぇ(もう古いか。。。)

これでも十分ですよ。

ネットに情報が無かったので、ここに書いておきます。
※Windowsのオフィス製品でも同じようにできるのかな?

バックアップ、改めて大事ですね。。。

Wiiウェア(Wii Ware)について感じたこと

先日開催された「Nintendo Conference」で、ついに日本での「Wiiウェア(Wii Ware)」の
開始日が発表になりました。

任天堂、Wiiで新作タイトルを配信する「Wiiウェア」
http://bb.watch.impress.co.jp/cda/news/19709.html

2008年3月よりサービスを開始するそうです。

今も、Wii経由で過去のゲームをインターネット経由でダウンロードして
楽しめる「バーチャルコンソール」はありますが、今回発表になった「Wiiウェア(Wii Ware)」は
Wii用の新作ゲームソフトのダウンロード版です。


バーチャルコンソール


今の会社で、ゲーム開発を今度行うことになり、その準備をちょこちょこやっていて
感じていたのは、新規参入をするにはゲーム業界は非常にハードルが高い、ということ。

そのハードルというのが、アイデアや技術や資金ではなく、「パブリッシャー」
という存在と感じました。

開発をするところまでは、比較的容易に話を進めることは可能なのですが、
実際に販売をするところになると、ソフトを生産し、在庫を抱える
リスクを極力抑える為に、「確実に売れる」と思えるものしか販売は
しないわけです。

これは当然のように思われるかもしれないですが、新しいアイデアや技術が
市場に受け入れられるか分からないために、そのようなものをやろうと思っても、
なかなかできないわけでして、過去にヒットしたもののシリーズ物か、
人気のある漫画やコンテンツをゲームに移行するとかがほとんどでした。

実際に何社かの方にお話を聞いても、ほとんどが同様の回答でした。

・確実に売れると分かるものしかできない
・ヒット作のシリーズもの
・人気のあるもの(漫画や映画やコンテンツ)をゲームに展開だったらいいかも

などなど。

DSでトレーニング系のソフトが大量に出たのも、脳トレやえいご漬けがヒットし
「トレーニング系は売れる」ということが分かって、大量に出てきていますが
それも同様の理由ですものね。
もう1年前には完全に飽和しちゃったみたいですけど。。

それもこれも、「ソフトを生産する、という在庫をかかえるリスク」が
あるがゆえに、と感じていました。

新しいことを始められるところというのは、
「在庫を抱えるリスクを受け入れられる体力がある会社」
だけでした。


でも、この「Wiiウェア(Wii Ware)」はそのリスクが完全に無くなります。

僕らのような小さくて、新規に参入しようという会社に取って本当にチャンスです。
ニッチかもしれないけど、アイデアと技術をより活かせる環境が整いました。

これからが楽しみです。


ただ、当然他の会社さんも同様に思っているわけですので、
ますます新規参入メーカーが増え、新規のソフトも増えてくるのは確実です。

数が膨大になるなかで、どうやって多くの人にウケるゲームを作っていけるか。

「大量の広告」ではない方法で、みんなに知ってもらい、多くの人に楽しんで
もらうためにはどうすればいいか。

悩ましい日々が続きそうです。


それと、もう1点。
任天堂の岩田社長について。

DSやWiiなどの新しい概念のハードやそこで遊べる様々なヒット商品を出した事だけでも
本当にスゴいですが、この「Wiiウェア(Wii Ware)」を出したことで、僕の中ではゆるぎない
スゴい人になりました。

「Wiiウェア(Wii Ware)」は短期的には任天堂の収益に若干打撃があるはずです。

ソフトの生産だけでも任天堂側にちゃんとお金が入るようになっているのに、
それを無くそうとしている訳です。(完全に、ではないかもしれないですが)

それは、自社の収益機会を自ら小さくしようとしていることになるわけで、
それでも、開発メーカーやユーザーのメリットになり、ゲーム人口が拡大することが
長期的に見て自社の収益機会を大きくする、という信念からやっているのだと思います。

これは、「ほぼ日」でやっていた岩田社長の対談を見ていると、なるほどと思います。

社長に学べ
任天堂、岩田聡社長と糸井重里が話す。


本当にスゴい人だと、ありきたりな感想になってしまいますが、思います。

BRAVIAサイトの UI × Navi がスゴい

毎回、BRAVIAのCMやキャンペーンサイトは楽しく、斬新で心地よい質の高さを
伝えてくれるのですが、今回はまたとんでもなく、スゴい。

今回はサイトのインターフェースとナビゲーションが斬新です。

キーボードショートカットを採用しているサイトは多くありますが、
十字キーを組み合わせて、サイトをナビゲーションするアイデアと
実際にナビゲーションされる際のUIがとても斬新で心地よいです。

29manさんのサイトで紹介されています。

言葉であーだこーだ説明するよりも、体験して頂くのが一番でしょう。
(重いのでローディングに時間がかかりますが、待つ価値があるのでちょっと我慢です。)

はい。本当にそう思います。

是非、一度体験をしてみるのをオススメします。

今回のBRAVIAのCMは相変わらず、素晴らしいです。


↑是非ムービーを!

29manさんの紹介文を引用させていただきますと

Sony BRAVIA の「Balls」「Paint」に続くキャンペーン第3弾がでました。
今回のタイトルは「Play-Doh」、舞台はニューヨーク。

2.5トンのプラスティック粘土を使ったカラフルなウサギちゃん189体が
ニューヨークの町をピョンピョンと跳ねる素敵なストップモーションムービーになってます。
60秒のCMのために約100000枚のスチール写真を使用とのこと。
第3弾も期待を裏切らない、すばらしい作品になってます。


上記の映像は1分30秒あるけど、こういうCMだったら大歓迎だなぁ。
是非、ご覧あれ。


月周回衛星「かぐや」がハイビジョンカメラ動画撮影に成功

先日打ち上げられた「かぐや」がハイビジョンカメラ動画撮影に成功したそうです。

ハイビジョン撮影


NHK開発の宇宙仕様のハイビジョンカメラで世界初のことだそうです。


以前、JAXA主催の「かぐや」と「宇宙食の試食会」のセッションに参加したのですが、
その時に知ったことは、身近に感じていた「月」が意外なほどまだまだ謎が多いということ。


その一つが月の裏側で、月は常に同じ方面を地球に向いている為、その裏側は全く持って
謎ばかりだそうです。


今回の「かぐや」はその辺の探査にも挑戦するそうなので、このようなハイビジョンでの
映像が見られるといいなぁ。


国力を示すためということもあるそうですが、今世界各国で月探査が非常に熱いそうです。

その中で、僕が一押しなのは、インドの月探査機の「チャンドラヤーン
※チャンドラ=月、ヤーン=旅行とか航行、という意味だそうです。


なんで一押しかと言うと、それはもう何とも言えない外観。
チャンドラヤーン


キュートだ。こんなにキュートなのに宇宙に飛ぶのだ。

はやく実物をテレビとかネットとかでもいいので見てみたいなぁ。

INFOBAR 2

発表から1年。
ついに来た。

「サンプル・ラボ」の人気について

無料試供品を提供する「サンプル・ラボ」が非常に人気が出ているそうです。
試供品を実際の店舗にて配布するというスタイルで、あまりの人気に毎日整理券を
配布するほど人気があるようです。


現在システムを変更中のようで、9月19日からは完全予約制になるようです。
すごい人気ですねー!


ただ「無料試供品」を提供するというビジネススタイルは、以前よりネットでも
専用のサイトがありました。

最初、「サンプル・ラボ」がなぜ人気があるのか、よくわからなかったのです。

○無料試供品サイト
・場所が関係ない
・スペースが関係ない
・時間が関係ない
・無料で利用可能

○サンプル・ラボ
・表参道の店舗に行く必要がある
・実店舗なので、スペースに限りがある
・火曜定休で11時〜21時までと営業時間に限りがある
・整理券が必要のため、好きな時に見れるとは限らない
・今後は予約制のため、なおさらいつでも見れるとは限らない
・有料(入会金、年会費)

このような感じに、利用者に取ってはWEBのほうがいいのではないかという印象があり
人気があるポイントが最初分かりませんでした。

ということで各々比較してみました。

○試供品提供サイトとサンプル・ラボに共通するメリット
・無料で商品をもらうことができる:お得感
・レアアイテムを手に入れることができる:優越感
・新商品などをいろいろと見ることができる:楽しさ

○試供品提供サイトのメリット
・無料:お得感
・時間が関係ない:便利さ
・場所が関係ない:便利さ
・スペースが関係ないため、商品をたくさん表示できる:便利さ

○サンプルラボのメリット
・実際に目で見て触れることができる:楽しさ、安心感
・実際に試すことができる:安心感
・様々な商品を実際に探す楽しみがある:楽しさ
・実際に(無料で)買う、手に入れるという行為がある:満足感
・アンケートに答えるなどポイント制により、もらうことができる商品数が多くなる:継続するモチベーション
・近未来の店舗:楽しさ
・表参道という土地:優越感、満足感

サンプル・ラボのデメリットとして、入会金300円、年会費1000円がかかるというのがあります。
だけど、それもほとんどが「1回の来店で元が取れる」ようになっているようで、
それがかえってお得感を演出しているようにもしているようです。

WEBで商品を購入するよりも、実際に店舗で手に取って購入する方が
「満足感」が高いのと一緒で、その辺のココロをしっかりと刺激するような
仕組みになっているんだろうなぁ。

・満足感
・お得感
・優越感
・楽しさ
・継続する仕組み

この全てを、サンプルラボは備えているようだ。

これはすごいなぁ。

特に、「満足感」と「楽しさ」は、WEBだとまず勝てないポイントだと思う。

サンプルを提供する企業側からすると、
・時間が関係ない
・場所が関係ない
・スペースが関係ないため、商品をたくさん表示できる

というポイントでWEBのほうがもしかしたらいいかも、と思えなくもないけど
消費者はどんなところを欲しているかを押さえるには、実店舗のほうがいいんだろうと
思います。


それは、

「便利さ」よりも「満足感」や「楽しさ」を消費者は優先する

ということなんだと思います。


以前「アナログ社会とデジタル社会での仕事の違い」で書いた、たぶんこれから
大事になるだろうと思われる「アナログ、コンセプト、コンテンツ」の3つの要素も
全部入っています。


また、「WEBの役割」でも書いた
「人が豊かになって行くと満足するポイントが神経密度が低い方に進化する」
という話がありました。

作り手の思いやサイトのコンセプトをアナログな感覚で
しかも、神経密度が低い方のアナログな感覚で味わえることを可能にする形で
提供して行くことが今以上に重要になってくる。


あくまでもWEBは手段として利用されるためのものであって、
アナログな感覚を満たす為のサービスや商品というのがどんどん重要に
なっていくんだと、今回のサンプル・ラボの人気を見ていて改めて思いました。

PCや携帯のモニターから飛び出すような商品やサービス。

最後にはアナログな感覚をいかに刺激するかが、勝負になるんだろうなぁ。

忙しい忙しい

「忙しい」ということをちょっと考える。


「忙しい」にはたぶんだけど、2種類あるんじゃないだろうか。


1つは、日々追われるように、やることが山ほどあって、どんどんこなして
いかないといけない。

だいたいは大きなテーマや課題がどんっとどこかから降ってきてそれをこなす日々が続く。


もう一つが「0から1を創る」ような忙しさ。
上記のテーマや課題の元になっていることを創ることも当てはまるかもしれない。
目の前にタスクがたくさん並んでいるのとはちょっと違うような感じの忙しさだ。


バタバタとした感じはないので、端から見ると一般的に言われる
忙しさとは違うかもしれないけど、これはこれで相当に心が痛くなる忙しさだ。

そして、うまくなかなかアイデアなどが出てこない時は、頭も痛くなる。


「忙しさ」は、「こなす」と「創る」の両方がある。
そして、その両方が混じり合うところも多分にある。


「こなす」は端から見ると、忙しそうに一生懸命やっているように見えるけど
誤解を恐れず言うと、そっちのほうが実は楽なんだよなぁと思う。


そして、もう一つ、「忙しい」という言葉を発することに付いて。

「忙しい」という言葉から受ける印象は人それぞれ違うだろうし
その言葉を発している状況もそれぞれ違う(はず)。

だいたいは、「こなす」状況にあるか、「創る」との間にある時に
「忙しい」という言葉を発することが多いように感じる。


正直「忙しい」と話していた状況下でうまく行ったことがあんまりない。
なんか必ず大事なところを落としてしまう。


もしかしたら、忙しいという言葉を発することで、うまく行かなかった時の
言い訳をしていたのかもしれないと、今になって思うし、その言葉によって
自己満足(オレ頑張っているんだよ的な)に陥ってしまうのかもしれない。


だから、バタバタ忙しくない状況を自分で作りたいし、もし忙しいことになっても
忙しいという言葉を吐かないようにする。

それで、結果としていい方向に向かうことが多いように思う。





しかしあれだね、まだまだあぢぃーね。

田舎暮らし

・都会暮らしに憧れて、田舎から多くの人が都会に向かう
・田舎暮らしに憧れて、都会から多くの人が田舎に向かう

この反対の動きって、なぜなのか?ずーっと気になっていた。

そして、

・田舎に行った人の結構な数の人が数年で都会に戻る

という話もちらっと聞きました。
※海外へ隠居生活で移った人も結構な数が日本に戻ってきているそうです


前から雑誌やテレビの特集でも、田舎暮らしのススメみたいなのは
よくみかけるし、実際に田舎に移動した人たちの生活をテレビなどで
見ることもある。


僕は、高校卒業するまで田舎で育ち、大学から東京で暮らし始め既に14年経ちます。

だから、なんとなく、この2つの気持ちがわかる気がする。
どっちも確かに、とも思う。


でも、現実に田舎から出てきた僕にとって、なぜ都会の人があんなにも
多く田舎に行こうとするのか、なんで数年で戻ってくる人が多いのか、
なんとなくモヤっとしていて疑問だった。

日々の疲れた生活を癒すためとか、環境のいいところで生活するとか、
のんびりと過ごしたいとか、その辺の理由はよくわかるし、
実際に行ってみたけど、地域に馴染めなかったとか、友達ができなかったとか
思ったほどのんびりできる感じではなかったとか。

なんとなくそんな感じなのかなぁと思っていました。


でも、そのモヤっとしていたものの答えの一つとして、とても納得感があったのがコチラです。

ほぼ日刊イトイ新聞:いろどり、その後。


多くのメディアなどで紹介されていた、徳島県上勝町の「いろどり」という
事業についての対談です。


これは、田舎から都会に出て行く人たちのほとんどの理由でもあると思うんだけど
それは、2つに集約されると思います。

・仕事がある
・現金収入がある

この2つがほとんどだと思うんです。

楽しい娯楽やいろんな刺激ということも、もちろんあるとは思うんですが、
それもこの2つがあってこそ、だと思います。


田舎は本当に暮らすにはいいところだし、環境はいいし食べ物もおいしいし
本当にいいところなんだけど、どうしてもこの2つが非常に弱い。


たぶん、たぶんだけど、冒頭の都会から田舎に行く人たちで、
数年で都会に戻ってしまう人たちの多くは、おそらく、この2つを
手に入れられなかったからなんじゃないだろうか。

「たぶん」ですよ。


ゆっくり、のんびり環境のいいところに住んでみたい、ということだけでは
たぶん、田舎は非常に住みづらいところだと思います。


だって、毎日毎日のんびり、ゆっくりなんてすぐに飽きちゃいますよ。
そこにいるのがだんだんつらくなってきてしまうと思う。


田舎に行って、田舎のよさを堪能しながら、そこで長く生活できている人は
そこで仕事があり(もしくは自分で仕事を作り)、ある程度の収入を得ることが
できている、ということが絶対外せない条件のような気がします。


お金に余裕があり、特に収入はいらない、という人もいるかもしれないですが
そういう人でもやっぱり毎日のんびり過ごすということは難しいと思う。

もちろん、病気の療養のためとかであれば話は別ですけどね。


田舎で生活をする、ということは

・その田舎で自分が楽しいとか面白いと思う仕事があるかどうか
 もしくは自分でそれを作るか。

・現金での収入をちゃんと確保できる

この2つがないのであれば、本当に難しいと思います。

いい面でもあり、悪い面でもあるんだけど、都会と違って、隣近所の様子が丸見えですしね。


ただの憧れだけで、田舎に生活の拠点を移すのは危ないと思います。

・仕事がある
・収入がある

この2つは、どこの土地に行っても変わらんのだよなぁと
当たり前のことかもしれないですが、意外に見落としてしまうものなのかも
しれないですね。


このほぼ日の対談を見ていて、今までモヤっとしていたことが
晴れた感じがしたので、メモエントリーでした。

AMNのブログイベントに出ての感想

先日、アジャイルメディアネットワーク社が主催するブログイベント(勉強会?)
初めて参加させていただきました。

最後まで書くかどうか悩みましたが、思ってしまったことはしょうがない!
正直な感想をぶつけるのは、最後は必ず全員にとっていい方向に行くと念じて
そして、こういうイベントをやって下さる方々に敬意を表して、
一個人の感想として書いちゃいます。

感想は、ざ〜っくりまとめると。
ココロスキャンとそれを作った吉永さんという方がすげー面白かった
・イベント終わった後にモヤモヤ感が残ってしまった
・百式のイベントと似ている(真似ている?)
・百式のイベントはテーマに関係なく毎回出たいと思うが、AMNのイベントはテーマ次第だと思った

という感じです。

なんでしょ。この終わった後のモヤモヤ感は。

普段あまり勉強会とかセミナーとかには出ることがなく、百式主催の勉強会に
出るくらいしかほとんど経験がないので、他との比較ができないのですが、
百式との違いから、なんでこのような気持ちになったかを考えてみたのがコチラです。

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残価設定型ローンは本当にお得なの?

車の残価設定型ローンというのを各社力を入れているそうだ。

「残価設定型ローンとは」(引用:フジサンケイ ビジネスアイ)

新車が3〜5年後に中古車市場に出た場合の価格(残存価格)をあらかじめ設定し、
その分を新車販売価格から差し引いてローンを設定する仕組み。
残存価格は車種や走行距離などにもよるが、おおむね定価の3〜5割程度となる。
購入者は3〜5年後に自動車を手放すか、あるいは残存価格で買い取ることもできる。
欧米では一般的な販売手法となっている。
日本でも近年、独BMWが積極的に展開し、06年には日本市場での販売台数のうち
約3割を残価設定型ローンで販売して大きく販売台数を伸ばした。


確かに以前より、広告を見るようになり、消費者にとってとてもお得な
システムなのかなぁと思っていた。

WEBなどの告知を見ても、月々の支払いを少なくして新車を購入できる
システムのようだ。

試しに、日産のWEBサイトでどんくらいお得なのかをシミュレーションをしてみた。

車種:キューブキュービック
グレード:15M
オプション:なし
価格:1,659,000円(諸費用含まず)
頭金:55万9千円
ローン年率:4.90%
支払い回数:36回(ボーナス払いなし)


最初に通常のローン。


次に残価設定型ローン。

比較したのがこちら。


ローンの年率などは、ローン会社やその時によって変わるともうのであくまで
参考ではありますが、これから分かるのは、

・残価設定型ローンを使えば月々の支払いが安くなりますよ。
・ただし、ローンが完了後に残りも引き続き支払う場合は高くなりますよ。

ということ。

3年〜5年単位で新車を買い替える人にとっては少し安くなるようだ。

ただ、これは本当に「3年〜5年単位で新車を買い替えられる人」じゃないと
危ないんじゃないだろうか。

理由は、
・残価設定型ローンを利用した場合、走行距離や車のキズなどで
 最終の引き取り額に変動が出る。
・当然、新車を新たに購入する場合、「諸経費」がかかる。

諸経費は、だいたい20万ちょっとくらいですかね。
そして、新たに新車を購入する場合は、頭金も少なからず用意するだろうし。

もし、毎回頭金を50万用意するとすると、結局3年毎に、70万くらいは
飛んで行ってしまう。

キューブクラスの車で、月々1万4千円の支払いを増やして、長く乗るか、
それとも、3年毎の大金の出費のために、その1万4千円を貯金に回すか。

結局消費できるお金は増えないんじゃないんかな。。


目の前の月々の支払いで見ると、確かにちょっと安くなっている感じはしますが、
3年くらいのスパンで見ると、消費者にとっては全くお得ではない
システムということになりませんかね。。。

元々3〜5年で新車を買い替える余裕がある人。

その人以外はこれに手を出しちゃうのは危険な気がするなぁ。

結局メーカーが常に新車を買い続けてもらうための、仕組みでしかないんだろうなぁ。


車を安く買えるということじゃない。

将来にわたって、ずーっと車メーカーにお金を支払い続けることであって、
ただ単に、それをおしなべて平たくして、月々の支払いを少なく見せているだけ。

そんな感じがする。


株式会社カービュー

よってたかって

もう!なんでそんな責めるの!

とちょっと思ったのが、あべさんと朝青龍。

どっちもスキとか嫌いとかの感情は僕にはないけど
あべさんに、年金問題に対してがうんたらかんたらって
前の首相経験者の人が注文付けていたけど、あれはあべさんが
首相になったから起きた問題じゃないでしょ??

何十年も前から同じ問題は抱えていて、それがあべさんの
時に表に出てきたのであって、あんたが首相の時にも
同じ問題があったでしょが!と先日テレビを見ていて突っ込んでしまいました。


んで、朝青龍。

なんでも、サッカーをしていた試合って、モンゴルの国からの要請が
あったとかないとか。

もし国から直々に「出てくんない?」って話があったら、
静養中でも、出てしまうのはそんなに問題なのかな??

自分が育ってきた国からの要請だよ?

静養中なのに、自国からの要請で出場って、朝青龍は
むしろ頑張ったんじゃないのかな??

あんまり詳細は知らないで書いていますが、
そのコトを突っ込むのに一生懸命で、もっと大事なことを
話すのを忘れいるんじゃないだろか??

それとも、マスコミの人は、朝青龍のことが嫌いなんだろか?

あ、それとあれだ、「横綱なんだから頑張って欲しい」と言っていた親方さん。

その発言は無責任すぎるよ。

「横綱なんだから」とか「頑張って欲しい」ってあんた。。


誰かや何を責めるや叩くことって、

自分が優れているような感覚になる

って言いますものね。
(よーするに勘違いなんだけどね。。)

だから、
何かを叩きたくなるし
叩かれているところを見るのがスキだし
叩いているとみんなが見てくれるし
叩いていると視聴率も上がるし
なのかね。

ポエマー始動

今なぜ?ポエマーか?
今だからポエマーか?

愉快議2 〜人生航海日誌〜


日本語の不思議な味をどうぞごゆるりとご堪能ください。

前は、いい言霊発していて、ここ数年は仕事のせいかわからないですが、
めっきりつまらなくなったひろよしーもさんが復活に向けて始動です。

楽しみ。

WEBの役割

日下公人さんの、「食卓からの経済学」という本がとにかく面白い。
先日ビジネス発想源というメルマガで紹介されていて、読んでみたところ
アイデアやマーケティングに関するヒントが本当に満載で、ずーっと
うなずきっぱなしだった。

たくさんの「なるほどー!」の中で、特に印象に残った箇所が、
人間の豊かさと満足するポイントについて、人間の5感を元に
紹介している箇所だった。

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FPNへ投稿した記事の反響を振り返える

先日FPNへ3つほど記事を投稿しました。
おもいがけず、「仕事がつらいとか大変とかって絶対必要ですか?」という
記事が6月分に注目された記事として
・ページビュー部門で銀賞
・はてなブックマーク部門でMVP
をいただきました。

※元記事はコチラ

たくさんの方に見ていただいたことが嬉しいということはあるのですが、
何よりも、たくさんの方の反応やフィードバックがあったことが
本当に一番嬉しかったです。

たくさんのフィードバックを見させていただいて
・書きたいと思ったことをうまく表現できていないなぁ
・記事の内容に全く深みがないぁ
という2点を痛感しております(恥


今回書きたいなと思っていたことは、

・「つらい」とか「大変な思いをする」ということだけが、仕事を頑張っているとか
 下手すると「エライ」みたいな感じで語られていることって意外に多いような気がした

・「つらい」や「大変」であることが、仕事で結果を出すには必ず必要だということに
 違和感を感じた

という2点です。

それをよく感じていた時に、偶然にも糸井重里さんがほぼ日で
『なにかの効果や成果は、総痛み量に比例しない』
という一文を書いていました。
そうそうこういうことが言いたかったと感じてあの記事を書きました。

もちろん何かの結果を出すとか、効果を出すとか、そういう過程の中で、
「つらいこと/大変なこと」があり、その中から何かを学び、感じ
それが結果に繋がることがたくさんある、というのは十分理解を
しているつもりです。

ただ、「つらい/大変」ということ自体だけが、あんまりにも前に出てきすぎている
というか、あまりにもありがたがられているというようなことに違和感を感じて
いました。


また、今回、この記事に関して、ブログで書いていただいた方で
非常に参考になったのは、「かへる日記 (FRGFRG304)」さんのエントリーでした。

詳細はリンク先をご覧いただくとして、今回の記事で出てきた人が
なぜそうなってしまっているか、特に以下についていろいろと考えさせられました。

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超芸術トマソン

先日、「藤森建築と路上観察」の展覧会を見てきました。

藤森照信さんの建築物や建築法の展示と、路上観察学会
作品などが展示されていました。

とにもかくにも、面白かったんです。
※7月1日で終わってしまいました。。


お金になるならないというところと関係なく、「これ面白いでしょ?」
「こうしたら面白くなるんじゃない?」という感じがジワジワ伝わってきて
それを楽しんでいるオトナ達を見ていると、見ている僕も本当に
楽しくなってきます。


何かを本当に面白いと思って、それに夢中になっていると、
それに興味を持つ人が集まってくる。


そういうことを体現しているオトナ達の遊び場を見せてもらったような
感じがしました。

ちょっと、話は変わってしまいますが、今大きな会社さんと
お仕事のお話をさせていただいております。

その中で出てくるのは、
「どうしたら売れるか?」
「売れるにはターゲットを明確にし、それに沿ったストーリーを細かく作りましょう」
「そこには無駄があるので削りましょう」
とか、そういう話ばっかりなんですよね。

しまいには、「細かくストーリーを組み立てないと、上の承認がもらえないんです」
とまで先方は言っています。


結局は上の承認を得るためのストーリー立てだったりと本末転倒かなと思います。


たぶん、こういう状況はいろんなところで起きている当たり前なことだと
思うんですが、なんだかね、「売る」ということが当然大事なのは
十分承知しているんだけどそればっかりが先にくるのもどうなんでしょうかね。


あまりにも商品開発サイクルが早くなり、トレンドの動きもめまぐるしく
変わって、「売れるものを素早く市場に投下」ということはわかるんです。

短期決戦を強いられている状況は痛いほど分かります。


ただねー、お客さんは「楽しい」とか「いい」とか「共感する」とか思ったものに
お金を払ってくれるわけで、先に「売れるか?」という話よりも「面白いか?」
とかのほうが先な気はするんですよね。と改めて「藤森建築と路上観察」を
見て思いました。
何を今更、な話ではありますけど。

実際にやっている人もそれは十分承知しているんだろうけど、
「組織」というやつが、それを許してくれないんでしょうか。

「路上観察学会」を見ていたら、「超芸術トマソン」という言葉が
出てきました。

この言葉の意味が本当に面白いです。

詳細は、上記のWikipediaを見ていただくとして、

「不動産に付着していて美しく保存されている無用の長物。
創作意図の存在しない、視る側による芸術作品。」

とありますが、
「なんでこんなものができたのー!?」
「これがここにあるのは面白い!」
「意味がないんじゃないの!?」
ということを見る側がいろいろと想像して勝手に楽しむことを指します。


そして、その名前の由来が

当時、読売ジャイアンツに助っ人として所属したが、
さっぱり打てないゲーリー・トマソン選手にちなんだ名前である。
(「無用なものを保存している」としてこの名前になったが「写真時代」連載開始直後に解雇となる)

とのこと(笑

本当に面白くて笑いました。


マーケティングにおけるターゲティングがどうのこうのというのは、
よくわかります。
でも、こういった、偶然というか意図しないというか、なんかまぁいいか、
というような感じでできたものの、よさ、っていうのもありますよね。


全部が計算した通りに動くように、仕組みを作るとか仕掛けるなんて
よく言われるけど、それよりも、ハンドルの遊びみたいな余裕というか
余白のあるもののほうが面白いものができることって往々にしてあるように思います。


キチキチっとマーケティングしたい、ターゲットをちゃんと決めたいって
いうのって、商品の提供側が、「○○すれば売れる」という安心できる
ストーリーを作りたいだけだったりすることも多くあるんじゃないかと
思ったりもします。

「面白いと思うことを面白がってやっていると、そこには人が集まる」

ということは忘れないようにしていきたいなぁ、なんて思うことが
多くあった今日この頃です。

園庭開放

娘が今日で1歳と5ヶ月になりました。

言葉にはまだまだなっていないですが、「イヤ」とか「あっち行きたい」とか
「あれ取って」とか「このフタ開けて」とか、
表情と指差しとなんとなくそれっぽい雰囲気の言葉でいろいろと表現できるように
なってきました。

喜んだり、怒ったり、泣いたり、楽しそうだったり、文字通り喜怒哀楽を
そんなにしなくてもよくね?と思うくらい表現し、
そんな子供に思いっきり振り回されつつ、疲れたーなんて言いながらも、
笑顔を見ると、疲れが一気に吹っ飛んだりする不思議な感覚があったり
子供にいろんなコトを与えてもらいながら、親も子供も喜怒哀楽を堪能しながら
1年と5ヶ月過ぎました。


今日は近所の幼稚園が園庭開放をしていたので、子供を連れて行ってきました。

僕が行くのは2度目です。

前回は1歳の子供だけが対象の園庭開放で、子供と親のペアがぽつぽつと
点在しているような感じでした。

今日は、通常の幼稚園が開かれていて、その中に近所の3歳くらいまでの
幼稚園に通っていない子供も参加していいですよーという日だった。

普段なかなか見れない、幼稚園の中をわりと自由に見せてくれて、
どんな先生がいるか?どんな子供達がいるか?どんな施設なのか?などなど
見学もかねて約2時間ほど参加しました。

0歳から5歳くらいまでの子供達が15人くらいいて、本当にみんな
おもいっきり遊んでいました。

先生達も追いかけたり、追いかけられたり、水かけられたりと
大変そうです。。

当たり前な感想になってしまいますが、この中にいる大きな子でも、5歳です。
5歳の子供達がちゃんと、小さな子供達の面倒をみているんですよね。

すごいなぁと思いました。

強制的にやらされているんではなく、自然と小さい子の手を引いたりだっこしたり
一緒に遊んだり、なぐさめたりしているんですよ。

いやーすごいなと思いました。

先生達が率先してそういうところを見せているのかと思っていたんですが、
どちらかというと、子供達が自由に遊んだりしているのを、ちょっと外から
見守っているというか、サポートしているような感じです。

子供達が率先して、自主的に何かをしているんですよね。

もう一度書いちゃいますが、大きくても5歳の子供です。

僕の子供も、初めて見る子供達がほとんどなので、ちょっと恥ずかしそうに
はじっこで、まだ足がつかない三輪車にまたいでいたら、4歳と5歳の子が
「押してあげる」て言ってくれて、一緒に遊んでくれました。

最初は、勢いがありすぎて、転んでわーわー泣いちゃいましたけど、
そのとき、すうーっと保育士さんが来て、「ごめんなさいは?」と
言うんです。

そしたら、その子はちゃんと「ごめんなさい」って言うんですよね。

場を管理する人ってこういうことなんだろうなぁと改めて実感しました。

そしたら、次にはもう1人の子が「今度はゆっくりやろうね」と言ってくれて、
今度は転ばずに楽しそうに遊んでいました。

集団になると、必ずそこには、あるコトが強い/弱いとか、できる/できないとか
そういう何かしらの優劣というのはあります。

そういうものを、自然と子供達はお互いにフォローし合って
フォローすることを学んでいくんだなぁと思いました。

そういうことを潜在的にやれるような力というか能力というものを
本当は人は持っているものなんでしょうね。


この子達が今度は幼稚園を卒園し、小学校に入った時には、
一番「下」であり「弱い」ということになってしまうと、
この相手をフォローするということを忘れてしまうんじゃないかと
思いました。

ずーっとフォローされ、フォローする立場に居続けられたら
いいのにと思ったのですが、今はそれはできないですものね。

卒園や卒業と同時に、毎回リセットされちゃいます。

なんだかもったいないなぁと思いました。

・自発的にいろんなことをやり、学ぶ環境を作ること
・卒園や卒業と同時に立場がリセットされるもったいなさ

そんなことを感じた園庭開放の一日でした。

大量生産について

一般的に、少量生産商品というのは、ありがたがられます。

「希少価値」という言葉あるように、少ないこと自体が「価値」を生みます。
それゆえ、限定○個とか、残り○個という言葉に人は、思わず財布の紐を緩めてしまいがちです。

持っている人が少ない、自分だけが持っている、特別なものを持っている
という、人の心を揺らします。

それと同じように、「手作り」という言葉自体にも、人は「価値」を見いだします。

それは、その商品自体に「心」がこもっているように感じられるからなんでしょうか。

手で丹念に作っているもの = いいもの

というイメージが湧くからなんでしょうか。

そこにあいまって、「手作り」で「少量」というもの自体は、とても「価値」が
高くなる傾向があります。

その反対に、工場で機械によって同じようなものが大量に作られるモノに対しての
印象って、あまりよくありません。

実際に、同じようなある2つの商品に、各々に説明書きを

・手作りで少量のモノ
・工場で大量生産したモノ

と入れ、料金は同じ場合、多くの人は、「手作りで少量のモノ」を
選びますよね。

「少量」という「価値」と、「手作り」が生む「イメージ」が勝つと思います。


以前、知人が、
「大量生産された同じような商品ばかりが店頭に並んで面白くない。
職人のこだわりが出ている、手作りの商品が店頭に並ぶようにしたい」
という話をしていました。

その時は、「そうだなぁ。確かに。」なんてぼんやり聞いていましたが、
なんとなく心に引っかかっていました。


何が引っかかっていたのか。

大量生産された商品って、それだけでダメなわけではいよなぁ、
ということなのかな、と思います。

その知人のように、「大量生産」=「あんまりよくないモノ」という
イメージってたぶん、結構一般的にあると思います。

でも、人が喜んでくれるものとか、役に立つものとか、そういうものを
自分が作ることが出来た場合、それを多くの人に使って欲しい、という
ように自分では考えると思います。

本当にいいな、と思うものは、大量生産ということは是非してみたい。


「大量生産」=「あんまりよくないモノ」


という図式が先にきていることがたぶん本末転倒なんだろうなぁ。


いいものを作る、それを大量生産して、多くの人に使ってもらえるようにする
ということを、やっていきたいなぁなんて感じます。

お互い様

電車で椅子に座る際に、隣のスーツの人の上着が横に広がってて
知らずに、そこに座ってしまい、スーツの人が「フンっ!」って
表情でグイっとスーツの上着を引っ張る。

座った方からすると、なんでスーツが横に広がるようにしてたんだよ、
しかも、そこに座った自分が悪いみたいじゃん。と気分が悪い。

スーツの人からすると、なんでスーツに座るんだよ。
ちゃんと見ろよ。という気持ちになり気分が悪い。


ある人通りの多いにぎやかな細い通りで、たまたま通った車がいて
そして、たまたまその車がきたことを知らずに車道の端を人が歩いている。

その人に向かって車が、すさまじい勢いでクラクションを
「ブッブーーーー!」と鳴らしている。

クラクションを鳴らされた人と、鳴らした人が通りすがり、睨み合う。

鳴らされた人は、人通りが多く賑やかな細い道で、普段そんなに車が
通らないから、そんなに気をつけていなかった。
そんなにクラクション鳴らさなくてもいいじゃねーか。と気分が悪い。

鳴らした人は、ここは車道だろ。歩いてんじゃねーよ。と気分が悪い。


この2つ、どっちも昨日目の当たりにした。

ここに出てくる4人の人の立場になったことを想像してみると、
なんだか自分が全部その場では、ここに出てくるような気分に
なりそうな気がした。

でも、これってお互い様ですよね。

ちょっとした注意で防げることもあれば、ちょっとした注意をすることで
終わることもあるし、ごめんなさい!って謝れば終わっちゃう話です。


なんだか、この4人になった自分を想像して恥ずかしくも、息苦しくもなった。


余裕がないんだなぁオレ。。

ネット上の議論を見ていて感じること

自分でいろいろと経験して経験して経験して、
そして、考えて考えて考えて、やーーっと出した結論。

正しいか、どうかに限らず、その結論が出るまでの過程って
とっても大事だと思います。

先日ちょいと書いた、考える力や感じる力を鍛えるためには、
こういったことを繰り返すしかないのだとも思います。


だけど、その時にたぶん注意しないと行けないのは、
それを「誰かに押し付ける」ということなんじゃないかなぁと感じることがあります。

自分で出した結論は、自分に取ってはまさしく「正」なんだけど
それが他人にとっての「正」になるかどうかはわかりません。

「僕はこう思うけど、どう?」

ならいいと思うけど、「絶対これが正しい。だからこうして。」という
論調だとちょいとまずいわけです。

時々ネットとかでも、誰かが言ったことに対して、
ばーーーっと、賛成/反対の意見がコメント欄やブックマークの
コメントで、盛り上がったりしますが、それ見ていると
いつも悲しくなります。

「どっちかじゃないといけない」ということはないと思います。

世の中は、一つの流れだけに沿って行けばいいというもんでもないと
感じます。

こういうのを見ると、いつも「悪人正機」という本の中で、吉本隆明さんが
言っていたことを思い出します。

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アナログ社会とデジタル社会での仕事の違い

先日、テレビ東京で放送されていた「カンブリア宮殿」は
「他社の力を使え!〜格安薄型テレビの魔術師〜」というタイトルで
格安薄型テレビを作る、バイ・デザイン社の飯塚克美さんという方が
ゲストで出ていた。

そのときの話の中で、とても興味深かったのが、

アナログ社会は、技術の差が非常に出やすかった。
そのため、技術を磨くことが会社の成長に繋がる。

デジタル社会は、技術のコピーが非常にしやすい。
そのため、技術を磨くことで会社を成長させることが難しい。

というようなお話をされていた点についてだった。

では、デジタル社会における仕事の仕方ってどうすれば
いいのだろうか。

たぶんだけど、

・コピーされないようなもの = アナログなところで勝負
・技術の先にあるもの = コンセプトで勝負
・オリジナルなもの = コンテンツで勝負

この3つになるんだろうなぁ。なんて思いました。

バイ・デザイン社は、企画とデザインに特化し、
様々な技術は全て他社から集め、それを販売する。

「技術の先にあるもの = コンセプトで勝負する」

というところで勝負をしているのだと思います。

アナログ社会は、技術の差が非常に出やすかった。
そのため、技術を磨くことが会社の成長に繋がる。

デジタル社会は、技術のコピーが非常にしやすい。
そのため、技術を磨くことで会社を成長させることが難しい。

これ、とっても大事な視点だなぁと思いました。

そして

・コピーされないようなもの = アナログなところで勝負
・技術の先にあるもの = コンセプトで勝負
・オリジナルなもの = コンテンツで勝負

アナログ、コンセプト、コンテンツの3つの要素が、
今後より大事なことになるんじゃないだろうか。

便利で効率的な社会が進みすぎると

Googleがもたらす社会は、全てのもが整理されて簡単にそこにアクセスできるように
することで、とっっっっても便利で効率的な社会を実現しようとしています。
そしてその他のIT産業も同様に、便利で効率的なものをたくさん作り続けています。

今までは体を使って動かないとできなかったこと、時間をかけることが必要なもの、
手間がかかったこと、物理的な距離が問題になっていたこと。

そういったことを、バッサリとなくしてしまいます。
すごいことです。

例えば、以前百式さんの勉強会に出席させていただいた時に、ナビタイムさんの
サービスについていろいろとお話を聞く機会があったのですが(詳細はコチラ)、
その時に見せていただいたナビタイムさんのサービスがすごくって、
何も考えなくても、携帯電話が示してくれるように進むと一番早い方法で
目的の場所に到着することができたりします。
地下鉄の出口や道路の道順なども含めてです。

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ゴム手袋とコンクリート

仕事の関係で、新宿の高層ビルの上にあるレストランで、食事をする機会が
めずらしくあって、ものめずらしさに、高層ビルの上から新宿の街を見ていたんだけど、
いやーホント、今更ながらの感想になりますが、本当にコンクリートだらけですよね。

これは、Googlemapで見た東京の航空写真

灰色だらけです


昔学生の頃に、焼き鳥屋でバイトをしていて、その時に皿洗いをする時に
ゴム手袋をしていたんだけど、なんとなくその時のことを思い出しました。

ゴム手袋って、ちょっとやっていると、手が苦しくなってくるんですよね。
※今のはそうでもないかもしれないですけどね。

手が苦しい、という表現は必ずしも正しくないと思うんだけど、
手が皮膚呼吸できないような苦しさがあります。
しかも、通気性があんまりよくないものだと、ゴム手袋の中がジメジメしてきて。

苦しくって、ジメジメ。

地球の表面の地表って、人間の皮膚とおなじような働きをしてたりするんでしょうか?

もししてたとすると、このコンクリートは、ゴム手袋をはめているのと
同じような状況といえるんでしょうかね。

そうだとすると、こういう感情はないだろうけど、地球に感情があるとすると、
たぶん苦しくってジメジメして気持ち悪いんだろうなぁ。

などと思いました。

はい。ただそれだけです。

結婚式

前職で一緒にお仕事をさせていただいていた方の結婚式の2次会の一コマ。

テーブルに火が・・・


この方は、会社は違えど、本当に大変な時を一緒に乗り越えてきた仲間であり、
これからもずーっとおつきあいさせていただきたい大事な大事な方です。

Hさん。本当に本当におめでとうございます。

末永くお幸せにー



こちらは、チャイナドレスの人を凝視する、違う方のHさん。


執念を忘れているようだ

混雑している駅のホームで、お母さんに手を引かれた子供が、
ガチャガチャのボール型ケース(プラスチック)を落とした。

ちょっと視線を移すだけで、足を軽くあげ、さっと通り過ぎる
大人達。

「あーっ!あーっ!」と大声をあげて、手を引っ張り返して
お母さんに訴えかける子供。

ホームを足早に進もうと子供の手を引っ張るお母さん。

「あ"ーっ!!あ"ーっ!!」と絶叫に近い声を上げ、
体を斜めにして力の限り手を引っ張り返すその子。

そして、やっとお母さんは諦めたようで、
なんか自分に許可を出している感じで
そのボールの元に戻ることを許した。

そのボールに飛びつき、大事そうに片手で胸に抱え、
もう片方の手は、またお母さんに引っ張られて
人ごみの中にまぎれて行ってしまった。


今の自分に、その子のような、何かに対しての、大事なものに対しての
執念(みたいなもの)ってそういえばなくなっているなぁと思った。

いつ、どこに、その執念を落としてきてしまったのでしょうか。

何にでも、すぐに諦めるクセがついているような気がする。

Googleが本当にM&Aしたいもの

Googleの快進撃が止まらない中、次々とM&Aをしかけていますねー。

どんどん世の中の情報が整理されて、そこに簡単にアクセスしやすくする
というビジョンを着々と遂行しています。

M&Aっつーのは、つまり自分達のコントロール外にあるものを買って、
それを自分達のコントロール下に置く訳ですよね。

それによって、買う方も買われる方も、そして使う人にとっても
メリットが出るようにしようと。
※そうじゃないところも多いと思いますが。。

で、そんな中、こんな記事もありました。

グーグルが目指すもの それはあなたの日常を組み立てること——フィナンシャル・タイムズ

こういうのとか、Googleの動きとかを見ていると、自分達のコントロール外である
あなた個人を、自分達のコントロール下におきたい。

常に監視させてくれと。

そう言っている訳ですよね。

あなたをコントロール下に置くことで、ますます便利なものを世の中に提供できるし、
あなた自身にもますます便利なものを提供します。

そして場合によっては、広告料の分配金をお渡ししますと。

これって、要するに、Googleは「ユーザーをM&Aしたい」ということですよね?

考え過ぎかな?


Googleの提供するサービスは本当に、機能からインターフェースから
ユーザービリティから素晴らしいです。

自分が仕事やプライベートでインターネットを利用する際の
ツール類はほとんどGoogle提供のものです。

ただね、もしGoogleが僕をM&Aしたい、なんて本気で言っているのであれば、
そんなのごめん被りたい訳です。


この前ここにも似たようなことを書きましたが、
監視なんてされていたくないし、コントロールされてたくないですよ。そんなの。

本当に極端な話、ナイショにしておきたいことができなくなってしまうよ。そのうち。
Googleは誰かにばらしたりはもちろんしないだろうけど、でも誰かが知っている
ということにはなるわけですよ。


いろいろな情報を整理し、アクセスしやすくする、というのは、
人以外のところにとどめておいて欲しいなぁ。。


Google earthやGoogle mapの画像がこんな感じに超高精度になって
町並みもどんどん整理されて、
riyaみたいな顔認識サービスなんか投入されたら、イヤじゃないですか?

なんかそこまで行ってしまいそうで、こわいな。。

悪いことは本当にできなくなる(笑


などと最近のGoogleについて感じることが多くなってきていて、
以前だったら、そんなの「過剰反応だよ」と思っていたGoogleに対しての
バッシングとか訴訟とかを見ていたんだけど、最近はそうでもないんだよなぁ。。

たぶんこういう気持ちがあって、この前「僕が「なかのひと.jp」を辞めた理由」という
エントリーを書いたんだと思う。


6/13:追記
このエントリーに関連して以下も書きました。ご覧いただけますと嬉しいです。
便利で効率的な社会が進みすぎると

事業ってなんだ

あなたにとっての事業とはなんですか?という質問が昨日放送されていた
テレビ東京の「ガイアの夜明け」の中で出ていた。

そのときこんな感じかな?と思ったのでメモ。

○自分が大切にしたい気持ち
○やってみたいこと
○社会に必要だと思っていること感じていること
○メシを食っていけること

この4つがじわーっと混じり合っているところなのかなぁ。

これを今の自分に当てはめてみると、

○自分が大切にしたい気持ち
 ・愉快
○やってみたいこと
 ・豊かなコミュニケーションを促す仕組みを作る
 ・豊かな引きこもりを促す仕組み作る
 ・他
○社会に必要だと思っていること感じていること
 ・ゆるさ
 ・等身大
 ・他
○メシを食っていけること
 ・まだまだ

とかかな。

僕が「なかのひと.jp」を辞めた理由

Life is beautifulにて、「なかのひと.jp」の集計結果が出ていました。
非常にアクセス数の多いブログだと思うので、どのような結果が出るか楽しみでした。

そのブログの中で中嶋さんも書いていらっしゃいましたが、

予想していたとおり
「集計結果を公表してしまうっていうのは、無用なトラブルを起こす原因になるような気がします」
などの保守的なコメントも書き込まれ、どうしたものかと考えていたのだが、
やはりどう考えてもこれが「プライバシーの侵害」にあたるとも思えないし、
誰かに直接迷惑をかけるとは思えない。

このような意見はやっぱり出るんですね。。

プライバシーや個人情報保護など、もちろん大事なのですが、
本人を特定するものでもなく、ましてや、一般的に公開されている情報を、
見やすくしたものである、「なかのひと.jp」の情報は公開されて
全く困るものではない。

あきらかに過剰反応ですよね。

で、タイトルにもあるように、どうして僕が「なかのひと.jp」を辞めたかですが
(前置きが長くてすみません。。)

上記のように書いておきながらなんですが、
プライバシーの保護や個人情報の保護などに、
過剰になる人の気持ちがわからなくもなくなってきた。
ということにあります。

僕が、よく拝見させていただいている「Life is beautiful」に訪れた際に
その時にドメイン情報を元にした会社情報が参照されるのは全く問題ありません。

そこは問題でなく、知らない間に、自分にまつわる情報が取られちゃって
それが可視化される、ということがなんとなく不気味に思えるようになってきました。

もちろん、「なかのひと.jp」を導入していなくても、このような情報を
閲覧することはできるわけで、それはどこのサイトを訪れても同じことです。

「なかのひと.jp」の仕組みやアイデアを批判しているのではなく、
(むしろ、こういうアイデアってすごいと思います)
なんとなくなんですが、知らないところで、知らないうちに、その人や
その人にまつわる情報が整理されて可視化される、ということが
不気味なんですよねー。

前に書いた、「M&Aと所有と刑務所の話」というやつの中で糸井重里さんの言葉に触れました。
・あらゆる人間は、絶対に誰かの所有物ではない
・行動の制限があるから刑務所に行きたくない

ここに、たぶん「常に監視されるから刑務所に行きたくない」ということも
入れてもいいかも知れないなと。

・あらゆる人間は、絶対に誰かの所有物ではない
・行動の制限があるから刑務所に行きたくない
・常に監視されるから刑務所に行きたくない

で、一般的なアクセス解析ツールよりも、ちょっと一歩踏み込んだような
「なかのひと.jp」は、なんだかちょっと抵抗があったのです。

自分のが、そのアクセスしたサイトで情報取得されても問題ないです。
全く問題なしです。

でも、なんだか自分がそれを進んでやるのが、いまいち気が進まなかったので
僕は、導入して1週間ほどでやめちゃいました。

だからかもしれませんが、Googleを利用する頻度がたぶん、ですが
もうちょっとしたら、減っていきそうな気もします。
これはまた別でまとまったら書こう。。

ちなみに、その後のLife is beautifulのエントリーを見ると、
そのアクセスしてきてくれている人の会社が分かるので、
それも一つの判断材料として、いろいろな試みをされているのを
拝見するのは、楽しいですし、なるほどなぁと思います。

ドリコムの「ジョブボード」を試してみた

誰にも迷惑をかけずに、公表されているデータを活用して、いろいろな試みに
チャレンジできる「なかのひと.jp」はとても面白いツールだと思います。
本気でそう思っています。

ただ、常に監視しているような感じが、ちょっと深いところまで監視しようとしているような感じが、
実際はそんなことはないんだけど、ちょいと抵抗があったのですかね。。。

じゃー、普通のアクセス解析ツールはどうなんじゃ。っつー話ですがね。。


5/30追記:この時の気持ちの元はたぶんこれだったんだと思う。
→「Googleが本当にM&Aしたいもの

ケーキ

会社の近くにおいしいと評判のケーキ屋さんがあって
いつも売り切れているか、閉まっているのに、
その日はたまたま開いていて、しかもまだケーキが残っていました。

たまには家族におみやげ、と思ってそのケーキを買ったんです。

そしたら、なんだか不思議に嬉しいんですよね。

元々自分が甘いものが好き、ということもあるんでしょうが
そのケーキを受け取る人たちの、嬉しそうな姿が浮かぶから
なんでしょうか。

いいですよねぇ。ケーキ。

送る方も送られる方も嬉しい、って素晴らしい商品だなぁと
改めて思いました。

嬉しい、とか、楽しい、とか、そういう感情やコミュニケーションを
生んでくれる商品を作りたいなぁ。


ケーキを調べていたら、flickrにすごい数のグループができていますね。
本日(5月21日)現在、「cake」で検索すると、1,548 groupsもある!

おいしそうなgroup達はこちらから。


面白い形のケーキを集めたgroupもありました。

THAT's a Cake?!?


いやー。ケーキ楽しい(笑

大事な人とちゃんとつきあっていくには

ありがとうという感謝の気持ちを持ち、それを言葉でちゃんと伝えるよりも
ごめんなさいという申し訳ない気持ちを素直に感じ、それを言葉でちゃんと伝える
ことのほうが大事だったりするのかもと感じたり。

本当に本当にごめんなさい。

仕事で使う武器ってなに?

先日とある喫茶店にて。
隣の席に座った3名がこんな会話をしていました。

Aさん:どうして会社を辞めたいと思ったの?
Bさん:何か問題でもあったの?
Cさん:出社をすると、気分が悪くなって、精神が不安定になるんです。。

どうやら、会社を辞めたいと言っているCさんを引き止めるべくなのか、
理由を聞いて今後の会社のやり方に反映させるべくかはわからないが、
会社の人事関連かなにかの人がAさんとBさんのようだった。

こういった喫茶店にて、そのような話をするのも正直どうかと
思ったのですが、だいぶ精神的に追い込まれている感じがするCさんと
必死に辞めるのを止めさせようとするAさんとBさんの気持ちが
感じ取れました。

その中で、Cさんが何度も口に出していた言葉が

「僕が持っている武器が使えない」

という言葉。

どういう理由で使えないのか、その武器がどういうものかは、
結局分かりませんでしたが、とても印象に残る言葉でした。

「企業戦士」という言葉が一般的に使われ、市場は「戦場」という形で
表現をされ、競合他社を「倒し」「打ち勝ち」自分達が今後も成長し
「生存していく」ためには「戦わないと」いけない。

そのため、相手に「勝つため」に、知識やスキルや経験などを使い
売上げを上げ会社に利益をもたらすことが必要。
その知識や経験やスキルがここで出ていた、「武器」ということなんだとは思います。

まさか、本当にあの武器じゃないですよね?Cさん?

本物の武器じゃないことを祈りつつ、話を進めると。

その仕事における「武器」という言葉にその時非常に違和感を感じたのです。

なんで違和感を感じたのだろうか。。。

たぶんですが、戦うとか武器とか戦場とか、そういう表現を使う場面って
たいがい、競合他社と闘い打ち負かすことをイメージして使っていると
思うんですが、その先にある本当は自分達の商品を使って欲しい人たちの
存在がちょっとおいていかれている感じがしたのかもしれない。

目の向け先が競合他社に向いているというか。

たぶん、実際に使って欲しいお客さんを見ていた場合、
「戦う」とか「倒す」とか「武器でもって勝ち抜く」とかという
表現ってあんまり出てこないのかなぁと。

もちろん競合他社がどうしているか、どんな商品をおいているかを
分析することはあると思うけど、「戦う」という発想にはならない。と思う。

喜んでもらう、楽しんでもらう、ということと、戦うということは
あんまりイメージがリンクしないかなと思った。


「僕が持っている武器が使えない」


という言葉。

どうなんでしょ?
僕がもしその人事の人だったら、辞めるのをあんまり止めないかもなぁ。。

善意の押しつけ

この表示、今いろんなところで見かけます。

「いつもきれいに使っていただき、ありがとうございます。」

駅やコンビニなどのトイレで見かけます。

最初見た時には、そのトイレの所有者の気持ちが表れているような
気がして、ちょっと嬉しかったりしたのですが、今はあれですね、
ちょっとやりすぎというか、その表示があるときれいにしてくれる
ということで、どこでもかしこでも表示するようになったんでしょうか。

とっても汚いトイレでも、見かけます。


汚く使うつもりは全くないですが、今はなんだか、強要されているようで、
ちょっと違和感を感じます。

どこかの国で、小便器周りが汚れてしょうがなかったのが、
小便器に「的」をつけたら、いっきに汚れが減った、という例がありましたが
そういう遊び心がある仕掛けがいいですね。


しかし、いずれにしてもこの一世風靡っぷりはどうにかならんものでしょうか。

そんなものなんでしょうかね。

前に、どこのスーパーでも「さかな、さかな、さかな〜♪」が流れていたのと
同じ現象ですね。。

少女達の歌声

ある初夏を思わせる暑い日の夕暮れ時、自宅に近づくにつれ、
遠くから少しずつ少女達の歌声が聞こえてきました。

その少女達は、車が2台通れるかどうか分からない、住宅街の
細い道の交差点のところで、通る人や車の邪魔にならないように
はじっこにより、近所の迷惑にならないように、
ちょっと小さな低く抑えたような声で3人で歌を歌っていました。

学校で行われる合唱コンクールの練習か何かでしょうか。

何やら各々ノートを持ち、それを真剣に見ながら、
そして1人が合図を送ると、また歌を歌い始めました。

少女達にしか分からない何かがあるのでしょう。

歌い始めると、すぐにストップがかかり、
あーでもないこーでもないと意見を出し合い、
そして、また1人の合図を元に歌を歌い始めます。

そんなやり取りが何度も何度も繰り返されます。

それを、ちょっと離れたところから僕は聞いていました。

その瞬間はとても心地よいものでした。

聞こえてくる少女達の歌声が、僕の胸の中に
温かいミルクを飲んだ時のようにすーっと優しく入ってきます。

ふと近くの公園に目をやってみると、
元気に遊んでいる子供達を見ている親御さんや
近所の大人たちも、それを見ているだけでなんだか
楽しそうにしています。

子供達が外に出て、何かに一生懸命になっている姿が
こんなにも人を心地よくさせてくれるものだとは思いませんでした。


WEBメールのインターフェースを比較して感じたこと

MSNメッセンジャーをインストールする必要が出て、久しぶりに、
hotmailのアカウントを取得したので、hotmailにもログインしてみたところ、
普段使っているGmailとのインターフェースの違いにビックリした。

せっかくなので、USのYahoo!とYahoo!JapanのWEBメールも見てみたら
こんな感じでした。


・Gmail


・hotmail


・Yahoo!


・Yahoo!Japan


これを見て感じたことが2つあります。


1:広告の見せ方の扱い

ログイン後のインターフェースを見ると、どのWEBメールサービスも
広告を入れています。
ただ、Gmail以外のサービスはとても大きな広告が目につきます。

広告は大事な収益源であると思うし、その広告費で僕たちはこのような
便利なサービスを利用できる訳だし、また、広告自体が利用者にとって
メリットになることもあるので、それは問題ではない。

それをどう見せるかということで考えると、常に目に入るインターフェースに
毎回巨大な広告がある、ということは正直に言ってうざい、と感じてしまう。

これで利用者が減る、ということは結構多いんじゃないだろうか。

広告料を取ろうとして、結果として使ってくれる人が減る、それに伴って広告収入が減る

という循環に陥っていないだろうか?それか、これからそうなるんじゃないだろうか?


2:メールを見るまでの導線

上記の4つのインターフェースを見ると、WEBメールの画面にログインしているのに
メールの内容をすぐに確認できるのは、Gmailのみです。
他の3つは、このページからさらにもうワンクリックが必要です。

しかもそのクリックした先には、また大きな広告がずどーんっと
その存在をアピールしている。3つのサービス共だ。

あくまでもユーザーが使いやすいかどうか、について考えてみると
現状ではGmailが一番ユーザーにとって使いやすいし、優しい感じがします。

Gmailは機能的な面でとても話題が多いサービスだけど、
こういったインターフェースにおける、ユーザビリティの良さ、
という点でもとても優れているサービスだと改めて実感しました。

そこにユーザーが何を求めているか、というところと、サービス提供側が
思っている意図の違いが出ているんだと思うけど、Gmailがとことん
ユーザーにとってどのような形が一番いいのか、ということを考えてくれて
いると、一人のユーザーとしてこれを見てると思ってしまいます。

こんなところも、Gmailの人気の秘密なのかもしれないですね。

M&Aと所有と刑務所の話

あるAという会社が取引先であるBという会社を買収する。

・Aという会社からしてみると、その会社の戦略上Bの会社の資産が欲しい
・Bという会社からしてみると、Aという会社の子会社になることで安定した収入が見込める

そういう意味で、最初はスムーズに買収が進むものと思われていたのに、
その最初の話が出てから既に数年になる。

話はなかなか先に進まない。

そして、なんとか無事に買収が成立し、A社の子会社にB社がなる。

そして数年経つ。

「1+1」が結果として「1」もしくは「0」もしくは「-2」とかになる。


先日友人が勤める会社でもこのような状態になりそうだという話を
聞きました。

この話を聞いていて、思い出した文章があります。

これは以前糸井重里さんがほぼ日で書いていたことなのですが、
1つ目は、「なにもかもが、誰かのものか」というコラム。

あらゆる人間は、絶対に誰かの所有物ではない

という文章と、アーカイブを見つけられなかったのですが、

刑務所の中は、3食出るし、割と快適な居住空間だ。
でも、刑務所に入るとその中でしか生活できない。
刑務所以外に行くことができない、という行動の制限が出る。
だから刑務所に行きたくない。

というような内容のことを書かれていました。

僕の友人の会社の状態でもそうだし、他の会社のM&Aの失敗例なども
そうですが、表向き「相乗効果」や「経営効率化」を訴えていても、
買収する側が「所有」とか「行動の制限」というのを意識している場合
というのがほとんどなのではないかと思います。

「所有」ということでいうと、株式を持つわけですから明確に
「所有」する、ということになるわけです。
ただ、人はたぶん所有されることは本質的に嫌うものだと思うし、
それに伴って、「行動の制限」もされてしまうことも本質的に
嫌うことだと思います。

頭で分かっていても、「所有」と「行動の制限」というのを
やってしまわないことには、M&Aというのは成立しない訳で、
それ故に、なかなかうまくいかないM&Aが多いのかなと感じました。

逆に、その「所有」と「行動の制限」という弊害を
うまく仕組みのなかで回避できるようなM&Aというのが
成功するポイントなのかもしれません。

前述した友人の会社なんかの話を聞いていても、
あきらかに「所有」と「行動の制限」に対しての
嫌悪感というのを感じられました。
また、なかなか話が進まない場合に、この2つへの抵抗のようなもの、
もあるようです。

会社経営やM&Aとか、素人なので詳しいことは分からないですが、
人が本質的に嫌だなぁと思うことをやってしまって
それでうまく行かないことが多いのかなぁと感じました。

会社はモノではなく、人なんだということを改めて感じた次第です。

犯罪や残忍な事件は本当に多いのだろうか

いろいろなところで、「最近凶悪犯罪が多い」とか「最近の少年犯罪はひどい」と聞きます。

例えばこちらのコラムは、日本人のマナーについて言及しているのですが
その中で、

この日本人のマナーの悪さを目の当たりにする限り、残念なことではあるが、最近犯罪や残忍な事件が多いのもうなづけてしまう。

とありました。

なんとなくそうなのかなぁと思いつつも、本当にそうなのかわからないので、調べてみました。

調べてみると警視庁のHPに詳細な資料がありました。

その中で、「犯罪少年(刑法犯)の検挙人員(年次別)」と「刑法犯の罪種別認知件数(年次別)」を
見てみますと。

まずは、「犯罪少年(刑法犯)の検挙人員(年次別)」
pic_1.png

次に「刑法犯の罪種別認知件数(年次別)」
pic_2.png

ムム。。

なんとどちらも減少傾向にあるではないですか。。
少年犯罪なぞは、総数で見ると、昭和40年から見てみると、半数近くまで減ってきているし
凶悪犯は1/5になっています。

このような事実があるにも関わらず、どうして犯罪が多くなってきているという
印象があるのでしょうか。。

マスメディアの報道の仕方なのかな。。
視聴率稼ぎの弊害?

ネットにのみ存在するお笑いコンビ

友人が、ネットにのみ存在するお笑いコンビを作って
ブログでネタをやっています(笑

お笑い!聖徳太子

ブログだけでのお笑いコンビというのはまた、なんとも新しい形。

形はまぁどうでもいいのか。

どんなかんじにこれからなっていくのか楽しみです。


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褒め上手と叱り上手

褒め上手と叱り上手のどっちになりたい?なんて愚問かもしれませんが、
僕は「褒め上手」になりたいと思っていまして。

それはもう、アホなくらい「褒め合って生きていきたい」くらいなわけです。

なんでか?「褒める/叱る」別にちょっと見てみましょう。

「叱る」ということは、する側からすると結構簡単なんですよね。
だって、どんなことでも「叱るポイント」って見つけようと思えば
見つけられます。モノゴトに100%完全というのはなかなかないですから。
場合によっては「いいがかり的」なものでもよかったりするわけです。

しかも、「叱る」ことで優越感を感じたりすることもあったりします。

簡単に優越感を感じられるので、結構「叱る」もしくは、それに近いところで
「文句を言う」とか「いいがかりをつける」とかは、頻繁にコミュニケーションの
中で用いられることがあり、そんな時はだいたいにおいて
「何が正しいか」をその本人が持っていない場合が多いので
全くと言っていいほど心に響きませんし、話自体に統一感がありません。

そして「叱る」というのは、「○○しちゃダメ」ということを
覚えてもらう、覚える、ということになるわけだと思うのですが
それはもう、覚えてもらうもの、覚えるものが無限にあると思うんです。

どうしたらいいか?
というのが、もうそれはそれは、永遠に分からない気がします。

逆に言うと「何が正しいか」を持っている人が、「叱る」ということは
場合によってとても効果があります。
場合によってというのは、その「正しい」と思われていることが、
叱られる側に取って本当に正しい場合です。いわずもがな。

次に「褒める」ということはですが、これが本当に難しい。
僕はいつまでたっても、自信を持って褒めることができない。

「褒める」ということは、その褒める人が、褒める対象の人や
その褒めることで影響される状況に対しての正しいモノって何かを、
ちゃんと把握していないと行けないわけです。

それを間違った日にはもう、褒められた人が悲惨な訳です。

その間違ったところに向かって、ドンドン進んでいってしまって
気づいたら、本来向かうはずのところは遠く遠くにあったりします。

これは悲惨です。

でも、「褒める側」がちゃんと褒めるところをつかんで
しかるべきポイントで褒めることができれば、褒められる人に取って
嬉しいし、覚えることも少なくて済むし(こうすればいい、というのを
場合によっては一つだけ覚えればいい)、いいコトずくめな訳です。

しかも、褒める側と褒められる側ともに楽しくなりそうですしね。


ということで、
する側にとって、
・簡単なのは「叱る」、難しいのは「褒める」
される側に取って、
・簡単にしてくれるのは「褒められる」、難しくするのは「叱る」
だと思う訳です。

どこに向かったらいいかを常に見つめることができ、
どこに向かったらいいかを見つけやすい

ということで、僕はこれからも「褒め合って生きたい」です。

と書いたものの、簡単にするか、難しくするか、というかたちで結論づけちゃうと
ちょっと違う気がしてきた。

どっちかというと、「健康的」か「不健康的」の違いか。
違うか。。

などと思ったので、忘れないうちに書いておきます。

プラネットアース「第5章:高山 天空の闘い」を見た

NHKとイギリスBBC放送が共同で作成している「プラネットアース」の「第5章:高山 天空の闘い」を見た。

これを見ると、いろいろと問題が出ていてNHKは大変だけど、本当にすごい番組を作るところだなぁと、なぜか嬉しかったりする。

なんでもこれだけ良質なドキュメンタリーを作成するのは、NHKとBBC放送くらいだそうだ。
その2社が手を組んで作成したこの番組、是非見てみてほしいです。
5月に総集編も放送されるようです。

<プラネットアース 総集編>
シリーズの名場面を凝縮したゴールデンベスト版。必見です。

■プラネットアース 地球と生命の大紀行 前編
2007年5月2日(水) 午後7時30分〜8時45分 総合 放送予定
■プラネットアース 地球と生命の大紀行 後編
2007年5月3日(木)午後7時30分〜8時45分 総合 放送予定
※番組HPから

今回見た「第5章:高山 天空の闘い」は世界中の「高山」を舞台に、どのように高山ができたか、
そしてその過酷な環境で繰り広げられる動物達の姿を描いていて、とても面白い。

これみて思ったことは2つあった。

1つ目は、便利さについて。

とっっても面白いんだよなぁ。
でも、面白いと言えるのも、とっても安全な場所にいる僕が、他人事のように見ている訳で、
見せ物としておもしろがっていたりするわけです。

自分がそこにいたら、当然面白いなんて言っている場合じゃなく、必死で生きているわけでして、
場所や環境は違えど、現実の人間の社会の中で、このような「必死さ」みたいなのとも
なんだかんだ言って、あまり実感することがなくなってきている。

なんというのだろう、全身の肉体/感覚を使って生きている、という感じが
たぶん自分には足りていなくて、それが必要なく生きていけることが
よいのかもしれないんだけど、なんだかちょっと違うと感じていたりするのだろうか。

この前ちょっと書いた「便利」だけってちょっとやばくない?みたいなことに通じるのかもしれない。

危険な環境である必要はないと思うんですが、もっと全身の肉体/感覚を使っているような
状態になっていたほうがよいような気がしているのかも。


2つ目は、スピードについて。

とかく、仕事をしていると、スピードスピードっていろいろと言われることが多くあるけど、
なんでだろ?
成功するためには、どんどんいろんなサービスを出して、どこよりも早く早く何かをやって
いかないといけない、みたいな一種の強迫観念みたいなことってあったりしますよね?

スピードを否定している訳では全然なく、どこもかしこもなんにでも「スピード」の
大合唱をしすぎている気がしていまして。

このDVDを見ていて、例えば「氷河」のことや「地表」の移動のことが出ていたけど、
それらって、人間じゃどうにもできない、とてつもなく大きな力で動いている訳なんだけど、
世界で一番早い氷河が1日1メートルの早さなんだって。
地表に関しては、1年で数センチ。

これってなんだか身の丈にあったスピード感という感じがするんです。
※僕の感覚ではありますが。。

でも、一つずつ確実に着実に動いていて、気づくととっても大きなことになっている。
例えば屋久杉なんかもそう。

成長はとても遅い。
でも、非常に過酷な環境の中、毎年少しずつ年輪を刻み、気づくととっても強く大きな木に成長している。

決して「スピード」がある、という訳ではないと思う。

でも、長く強く大きく成長できるものの共通点って、「少しずつ、確実に、一歩一歩」
身の丈にあった成長をしているということなんじゃないかなぁと。

なので、なんでもかんでもスピードということをオウムのように繰り返している会社は
すぐに息切れて、結局大きく成長することができないんじゃないだろうか。
※「大きく」というのは社員の数という意味ではなく、より多くの人に喜ばれるとか、
使ってくれているとか、そっちの意味です。

・不便利を大事に
・成長は少しずつ、確実に(身の丈にあわせて)

ということってとても大事なんじゃないかなぁ。と感じたDVDでした。
全巻早くみたい!安く出ていないかな。。



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変身デオドラント

いつも本当に面白い文章を書く笑bizさんから出ていた今回の情報。

モテる制汗スプレー」の話。

男性向けデオドラント製品の性質はこの2つに分類される。
・体臭を封じ込める製品
・強烈もしくは仄かな一つの香りを身にまとうことができる商品

そこに、今回の笑bizで出ていたような、「これを使うと女にモテる(ヤレる)」というような
商品の性質そのものの差別化ではなく、そこにのるストーリーでの差別化を持って、市場の攻略を行っている。

たぶん、コトの大小はあれ、日本の市場に関しても、似たようなものになっているのでは
ないだろうか。

これを商品の性質そのものを差別化することってできないか。

今年33歳になるおっさんの僕も、体臭には気をつけねばならん年齢です。

この10数年はあまり「匂い」がするものをつけるということ自体なくなったので
最近の日本の市場で「匂い」に関連する製品がどうなっているのかはよくわからないのですが、
中学生の頃に、ギャッツビーをこっそりつけていたころから、
そしてこれから訪れる加齢臭年代に向け、こんな製品があるといいなと思うのがあります。
※もう既にあったりしたら、どなたか教えてください。

それは、「その人が本来持っている体臭を変質させてくれる」製品。

なにかっていうと、「匂い成分」に「ある成分」を混ぜると、それが反応を起こし
違う匂いになる、という効能を持つ成分が入ったデオドラント製品。

これって、まぁ、どんな匂いになるかは全く持って分からん訳です。
使ってみないことには。

その成分が、人がポジティブに感じる匂いに変質させてくれる
ようにある程度コントロール可能なものであれば、僕は試してみたいな。

とてつもなくダメな匂いが生まれる可能性はあるけど、
とてつもなくおいしい匂いが生まれる可能性だってある訳だ。

「人が本来持っている匂い」というのは、とてもいいものだと思うし
それを生かした製品なわけです。

しかも、どこにも売っていない匂いを自分で作り出す、
これはとっても大きな差別化になる。

人の変身願望も満たす。(そんな願望はないか?)

売れそうな気がしますがどんなもんでしょ。

消すか、同じ匂いにするかの2つしかない市場の中、この製品があると、
僕はまずは試してみるなぁ。

追記:3月29日
なんと、この「モテる制汗スプレー」が、日本にも出ているそうです!
笑bizのブログのコメント欄で知りました。
しかもサイトのコンテンツがすげー面白い(笑
こちらです。必見です(笑

便利さと不便利さについて「モバイルナビ会議 sponsored by ナビタイム」

百式さん主催の「モバイルナビ会議」に参加しました。
既にいろいろと参加者の方がレポートをあげています。しかしとても分かりやすいレポートが多い。。
記事下にリンクを記載しましたので、詳細はそちらをご参照ください。

今回は、EZナビウォークなどで有名な「ナビタイム」さんがスポンサーになっての会議でした。

今のモバイルナビ関連サービスの裏話やあんまり知られていないけど、便利な機能などをいろいろと教えてもらいました。
中でも一番いいなぁと思ったのは、「トータルナビ」という機能。

以下百式田口さんの記事を引用します。

ナビタイムさんのサービスの特徴は駅から駅ではなくて、出発地から到着地までを
トータルにサポートしてくれる点。

目的地によっては一つ前の駅で降りたほうが良かったり、電車よりバスの方が速かったりします。
「自分がよく通る道は是非ナビタイムで調べて欲しい、今までよりも速くいける経路が見つかることもあります」
と山崎さん。

実際にユーザーから「こっちの駅の方が近いなんて知りませんでした」と
喜びの声をいただいているそうです。
個人的には「六本木から渋谷ならバスの方が速い」というのが新しい発見でした。

そうなんです。これは新しい発見でとても便利な機能でした。
今までは、駅から駅を検索するということはよくしていたんですが、実はそれだと遠回りになっていることもあるのだろうなぁと
何となく感じていたのを、既にサービスとして提供していたんです。

これらの作業は地道に足を使って回り、それをサービスに展開させているとのことでした。
すごいです。ナビタイムさん。

本当にナビ関連は便利になったんだなぁ、探しまわらなくてもいいんだなぁと思ったわけなんですが、
一つどうしても頭の中で引っかかっていることがありまして、

不便利なことがどんどん無くなっていくって本当にいいのかな?

ということ。

Googleの検索にしても、今回のナビタイムさんの位置情報検索にしても、
欲しい情報をダイレクトに正しく、しかもすぐに見つけてくれるようになっていて、
これは本当にとっても便利な訳でして、日常の生活や、仕事などでとても助かりますし、
間違いなく今後もお世話になると思います。
本当にこれらのサービスを作ってくれた人たちに感謝なわけです。

でも、どこかで、この流れって本当にいいのかなぁ、なんて非常にワガママな思いも
あったりするのが正直なところでして。

ちょっと話がそれてしまいますが、とっても清潔で潔癖な日本人が本当にそれがいいと言えるのか?
と言われるとそれってあやしかったりしません?
汚いと言われているものでも、実は体にとって必要な細菌がいたりするわけだし、
その清潔で潔癖さっていうのは、元々人を健康に保つために、いろんな人たちが知恵を出し
頑張ってやってきたことなんだけど、それがある一線を超えると、それ自体が体にとって
悪い方向に向かわせてしまったりすることもある。と聞きます。

あまりにも、便利になりすぎていく、ということはそういうことに近い何か不気味な感じが
したりするのです。(気にし過ぎですかね。。。)

もちろん、いろんなシーンにあわせて、使い分ければいいと思うのですが、一旦この清潔さや
便利さを味わってしまうと、たぶん後戻りするのは相当難しいとも思ったりします。

昔、検索エンジンがなかった時は、何か調べものをする際には百科事典などをペラペラやってた
訳ですが、それはそれで思わぬ発見があったり、どこかに行くにしても、回り道して、寄り道して、
道に迷って、ということ自体が実はとても、体に良かったりしているんじゃないか。と。
歩くから体にいいということではなく、脳からつま先まで全身を使って、何かをするという行為自体が
とても、全体を研ぎすませてくれるというか、全身で楽しむというか。
※言葉足らずですみません。。いい言葉が見当たらないです。。

便利さがある一線を超えたとき、人の体や生活に何か、とても大きな
悪い方向の影響って与えたりしないだろうか。

この前書いた、「陶芸家の人の話」のところでも出てきていましたが、

本当の火の温度は温度計では分からない。体全体で温度を感じる方が正確なんだ。

という話に近いのかな。

と言ってはいるものの、これからもGoogleやナビタイムさんのサービスは間違いなく使います(笑

以下今回参加した方のレポートです。

『モバイルナビ会議 sponsored by ナビタイム』を開催しました! - 100SHIKI PR Board -
『モバイルナビ会議 sponsored by ナビタイム』へ行ってきた! - 木の葉燃朗の「本と音楽の日々」 -
webマイナス2.0の凄さ - doodle開発記 -
やっぱり位置情報は面白い - モバイルナビ会議 - F.Ko-Jiの「一秒後は未来」 -
ナビタイムさんの勉強会by百式にいってきました。 - Today's DOOR -
モバイルナビ会議へ行ってきました。
『モバイルナビ会議 sponsored by ナビタイム』 - チミンモラスイ? -

音とリズムと子供

1歳になる子供は、どんな時でも、音楽を聞くと、手を叩いて、体全体を使って踊ったりしている。リズミカルなものになると、なおさらだ。
そんな光景を見ると、音楽ってすごいなぁとつくづく思う。

絵本やおもちゃは、割とすぐに飽きてしまうのに、音楽だけはいつもいつも飽きずに楽しそうに聞いて、踊っている。

体全体に訴えかけてくる何かがあるんだろうなぁ。

すごいなぁ。音楽。

万人にとっての音楽には何か特別な特殊力があるんじゃないかと思ってしまう。

音楽ということを職業にできている人は、なんて素晴らしいんだろう。

ちなみにうちの子供の今のお気に入りは、
ぜんまいざむらいのうた
ぜんまいざむらいのうた
NHK教育テレビで放送中。音楽がJazzっぽくてかっこいい。

ドレミでうたおう
ドレミでうたおう

リズムであそぼう
リズムであそぼう

「ドレミでうたおう」と「リズムであそぼう」は、
「子供と大人のための、音と視覚で遊びながら学べて、大人が聴いたりみたりしても十分に楽しめる作品」
というコンセプトで作られた作品です。
その名の通り、大人が聞いてもとっても楽しめます。
参加アーティストも豪華。

陶芸家の人の話

友人の紹介で福井県で陶芸を続けている、陶芸家の方を訪れた。

生活排水を自分で濾過していたり、手作りの家や釜、そして天然のナラの木に囲まれた
その雰囲気は都会にいると、まず味わうことができない。

体になんだかいいエキスがじわーっと染み込んでくるような、そんな体験をさせてもらいました。

そして、なによりも、その雰囲気を作り出しているその陶芸家の方が、とにかく話が面白い。

控えめに、事実を淡々と笑いながら話す姿が印象だった。

・20年くらい前に神楽坂の近くに住んで、午前中牛乳配達をして、
 午後からは名画座巡りをしていた
・学生運動の話
・坂口安吾に傾倒していた
・三島由紀夫の割腹自殺の話
・福井に来て陶芸を始めるときの話
・作ると売れる時代の話
・友人に「いいよ」と言われ、行ってみたら散歩するには最高の場所だと思ったパリの話
・内モンゴルを一人旅して、つらかったこと、感動したこと
・電気釜と薪でやる釜のいいところ悪いところ
・電動ロクロと足で回すロクロのいいところ悪いところ
・いいな思うものができるときの話
・同じものばかりが売れ、流通することが残念だという話
・こだわりのある、特徴のあるものがいい話
・今の陶芸の世界の話
・自分オリジナルの釜の話

他にもたくさん話を聞かせてくれたなぁ。
しかも、「陶芸はこうあるべき!」みたいなスタンスでは全くなく
いろんなことのいいところ、悪いところ、ひっくるめて、自分は
こういうのがいいなぁ。と話す。

なので、その意見がとてもしっくり、体全体に染み込んでくるのだ。

・見た目を気にしていろいろと手を加えるよりも、何も考えずにイメージしたものを
 一気に作り上げることができた時のほうがいいものができんだよなぁ。
 作品が呼吸しているというか。
 だから、電動ロクロはあまり使っていないんだ。
 ずーっと回ってくれるから、見た目を延々に気にすることができるからね。

・火を「管理」するというやり方は、結局うまく行かないんだ。
 温度計をおいたりとかしても、本当の温度は分からなかったりする。
 今何度くらいか、を体全体で感じるようにしています。
 「熱い」と「すごく熱い」を感じ分ける感じかな。
 とにかく火は面白いよー。見てて飽きないんだよねー。

中でもこの2つの話がとっても印象に残ったなぁ。

とてもいい経験をさせていただきました。

ありがとうございました。今度は薪割りのお手伝いに行きます!

会社の善し悪しの判断基準

人と話していると、会社の従業員数の話になったときに、従業員数が多いと
「おぉー!すごい。」みたいな話になることってありません?

あれってどうしてなんだろう。
人数が多い、ということがそんなにすごいことなんだろうか。

会社の善し悪しを計る基準なんて、人それぞれなんだろうし、
そんなに気にするようなことではないんだろうけど、
「人数が多い=すごい会社」と聞くことがちょっと多いような気がしてならない。

僕自身、数人規模や数千人規模までの会社にいたことがあるけど、大きいからすごい、
なんてことは当然ないわけで、逆に小さいからすごい、なんてこともない。

結局人数なんてまったく関係ないんだけど、無意識的に
「人数が多い=すごい会社」というように思っていることってあるんだろうな。

「人数が多い」=「たくさん稼いでいる」

とか思うからなんだろうか。

「人数が多い=たくさん稼いでいる=すごい会社」ということなのかな?

たしかに会社の中にいると、「売り上げ」「利益」という言葉は頻繁に出てくる訳で、
経営トップ自ら当然そこを目標にする。

なんぼ儲かるの?今年はなんぼ儲けるの?

っちゅー話ですよね。

でもね、「人数が多い=すごい会社」とすぐに思う人や、
「売り上げ」や「利益」のことしか言わない人って、その前の大事なことを
忘れている場合があるんだと思う。

「たくさんの人に喜んでもらえ、欲しいと思ってもらうものを提供する」

ということを。

そこをすっ飛ばして、話していることって多いと思う。
そういうことを感じたので、「人数が多い=すごい会社」とすぐに言われることに
違和感があったのかもしれないなぁ。

儲かるものだけを出しているのがすごいことでもないし、
たくさん稼いでいるということだけがすごい訳じゃない。
悪いことして稼ぐことだってできるんだろうし。

お金も当然大事だけど、それだけにはなりたくないなぁ。

「たくさんの人に喜んでもらえ、欲しいと思ってもらうものを提供する」

ということで測れる指標ってないものかな。。

株価じゃないよなぁ。

などと思った週末。

「水曜どうでしょう」と「人・仕組み・環境」

以前北海道テレビ放送の深夜に放送されていた「水曜どうでしょう」という番組があります。

現在大人気の大泉洋さんが出ており、ここで昔の番組1コーナーを見ることができます。
本当におかしくて、笑いが止まりません。

いやー。これ見てて、本当に面白くて、なんでこんなに面白いのか?みたいなことを考えていました。

たぶん3つくらいの理由があるのかなと

1:出演者が面白い
出ている人たちの面白さがむき出しになっている。
一つ一つの言動がいちいち面白い。映像や編集とか関係なく、まずこの出ている人たちが面白かった。

2:編集がシンプル
旅番組なので、基本ずーっとフィルムをまわしていて、大量のフィルムがあるはず。
それを30分とかに編集をする訳だけど、その編集が、変にあおったり、豪華にせずに、
面白さを淡々と伝えることに終止している。
素の面白さが、そのまま伝わってくるんだよなぁ。
「余計なものがない」という感じ。

3:シチュエーションが面白さを増幅させる
上記のページで見ることができる番組は、ユーコン川を数日かけて川下りするという企画のもの。
日本人から見た場合、その非日常さや、もろもろどうにもならない状況などが、
本人の意思とは関係なく、周りにあって、しかもそれが完全に回避することが不可能。
元々面白い出演者がいて、シンプルな編集が行われ、それだけでも十分面白いのに
その状況が、想像できない場面を引き出し、面白さに拍車をかける。

と、ここまで考えて、これって、仕事とかでも当てはまるなぁと思いました。

例えば、すごいピッチャーがいて、その人がブルペンで投げているのを見る、
ということ自体、野球が好きな僕は楽しいのですが、当然大リーグとかの大舞台で
非常にスリリングな場面だったりすると、なおさら見ている方は面白いわけです。
しかも、「勝ち」「負け」のシンプルな結果があり、そういう場面を乗り越えたり
することで、また一歩成長し力をつけていく。

つまり、

1:人やチームや商品そのものを磨く
2:その人やチームや商品の「よさ」を「そのまま伝えられるような」ルールなり、仕組みを作る
3:普段とは違う、舞台に挑戦する(多くの人が見てくる、見てくれる可能性がある舞台)

これを実践していく、もしくは、会社としてこのような仕組みを
持つようにしていくことで、そこにいる人たちは成長できるように
なっていくんではなかろうか。

などと思った、「水曜どうでしょう」でした。

本当に面白いのでオススメです。

DVDも出ています。
なぜかAmazonでは買えず、ローソンとかでの購入になるようです。
こちらに記載していますので、もしよろしければ。

人間に例えて経営というのを見てみる

なんとなくだけど、人間と経営と言われていることって近そうな気がする。
※「経営」というのはやったことないので、イメージですが。

人間=精神+肉体

というもので構成されていると、してみる。

経営=思想(経営理念や方針や指針とか)+仕組み(ビジネスモデルや組織や人材やシステムなど)

という形で表してみる。

なんだか近くないですか。

人間≒経営

近いというかほぼ同じという感じがする。
もしかしたら当たり前の考え方なのかもしれませんが。。。

違いがあるとしたら、「寿命」の考え方だけかも。
人間は必ず「死ぬ」が、会社はもっともっと長く「生き続けること」ができる。
ここはまた別の機会に考えてみたいです。

話を戻します。
人間にたとえて経営というものを考えてみると、いろんなことが考えられそう。

人間の精神や肉体を健全に保つためにはどうすればよいかを考えていき、
それを経営に当てはめてみる。

例えば、以前書いた「シンプルであること」の中に出てくる、
村上春樹さんの言葉を参考にしてみると、

僕は必要以上の意味を文章に含ませない。
なぜかといったら、文章にはリズムやフットワークが必要だからだ。

余計な重みはいらない。贅肉をとらないといけない。

とある。
この贅肉が、会社の経営に当てはめてみると何に該当するか?

たぶん、「人とルール」なのかなぁ。

フットワークのある経営をしようとしたなら、「人とルール」は少なくする。
でも、贅肉(=脂肪分)は人の身体にとって必要なものであるので、
「人とルール」は必要最低限に抑えるように入れることが必要、ということになる。

次は、人間のパワーについても考えてみると、パワーのある人間というには、
筋肉が非常に発達している。

筋肉を発達させるには、どうすればよいか。
調べてみると筋肉には「超回復」という現象があるようだ。

超回復
運動のストレスで、筋肉は一部が破壊され、修復が始まる。
48時間~一週間後には修復が終わり、そこから破壊される前のレベルより
筋肉が一時的に増える。これを超回復という。
超回復がはじまるまでの時間は個人差がある。
また、学習機能があるので、回復を待たずに短い期間でトレーニングを続けると、
超回復に至る期間も短縮されていく。
(略)
筋肉を増量したい場合は、この超回復の期間をうまくつかみながら、
トレーニングの間隔を空けるとよい。
また運動直後や就寝前、就寝後にプロテインやアミノ酸などのサプリメントを摂取すると、
筋肉の修復・増加を助けることができる。
トレーニングの間(休息期間)が短い場合は筋肉の破壊が続くので筋量は増えない。
同じ部位については、連続する日にトレーニングを行わないのが原則。

とある。
なるほど、これは興味深い。

これを経営というもので考えてみるとどうなるか。

筋肉は、仕組みの中でいうと何に該当するか。
コンピューター関連は何かストレスをかけると「超回復」という現象が起こる、というものではない。
そうすると、「人」が関係している「個人」や「組織」が該当しそう。

次に「運動のストレス」ということについて、これは何を意味するのだろうか。

個人や組織が、何かの成果を出すために努力を続ける、ということになるのかな。
そして、その成果を出すための「プレッシャー」みたいなのもたぶん必要なのだろう。
プレッシャーはノルマみたいな外から与えるものではなく、
自発的に「やらなきゃ」と思えるような形で与えることが必要なのかな。

次のポイントは、「超回復がはじまるまでの時間は個人差がある」という点。
これは、たぶん勤務時間に該当しそう。

フレックスのような本人の裁量に任せられるものが本来は適しているのだろう。

次は「学習機能があるので、回復を待たずに短い期間でトレーニングを続けると、
超回復に至る期間も短縮されていく」と言う点。
つまり筋力が増強するまでの時間が、どんどん短くなる。
なるほど。この前書いたような継続する、ということは大事なんだろう。
ただ、その短い期間をどう考えるかは要注意だ。

次は「トレーニングの間隔を空けるとよい」という点。
これはとても分かりやすい。「休暇」のことだ。
土日の休みだけでなく、毎日適度にちゃんと休むことが結果として筋力を高めることができる。
つまり、徹夜してとか、休日出勤してとか、連続させすぎてもその人や組織のパワーは結果としてあげることはできない。
どんなに忙しくても、休むときには休むようにする、というのがゴールへの近道ということになるんだろう。

そして、
「また運動直後や就寝前、就寝後にプロテインやアミノ酸などのサプリメントを摂取すると、
筋肉の修復・増加を助けることができる。」という部分について。

ここで言っている、「サプリメント」というのはどんなことを指すのだろう。
今ぱっと思いつくのは、音楽や映画や本を見たり聞いたりすること、
いろいろな人と話をすること、体験すること、など、直接仕事とは関係してこない、
その人の心の栄養になるような部分なんじゃないかな、と思った。

「トレーニングの間(休息期間)が短い場合は筋肉の破壊が続くので筋量は増えない。
同じ部位については、連続する日にトレーニングを行わないのが原則。」

というように、「休みをしっかりと取る」「サプリメント(=心の栄養)をしっかりと取る」ということが
とっても大事になってくるのだろう。
長時間労働は本人にも会社にも悪影響しか与えない。
長時間労働が続く場合は、仕事を断る、ということが必要になるのだろう。

会社は、「休みを取る」や「心の栄養を取る」ということに対しても、
働いている人に対して投資をすることを惜しんではいけないんだろうな。

今挙げた内容を見返してみると、結構当たり前によく言われていることばかりだ。
でも、それでもその通りにできない(いかない)ということが多いのじゃないだろうか。

人間に当てはめてみると、なんだかとても分かりやすいし、
なんとなく習慣でやってきたことを思い切って考え直すきっかけになりそう。

結果として、本人もお客さんも会社もよくなるんだろう。

これもっともっろいろいろと出てきそうだ。

まずは「人間に当てはめて考えてみる」というのはよさそうだ。

何かができるようになる、ということ

事の大小はあれ、「○○できるようになりたい」とか「△△したい」とか、ある。
しかもたいていの場合、わりと「近日中」にだ。

でも、これってやっぱり現実的に考えて、難しいことが多くて、なぜかって言うと、
たぶん人間は、そんなに器用にできていないからなんだと思う。

ながーい年月をかけて、今のカタチになった人間が、何かを直ぐに習得したり変化するのって、
結構難しいんだと思う。
でも、そう考えると、ながーい年月をかければ、OKか、というと、それはOKな気がするんです。

人の体に関係することとかだと、それこそながーい年月をかけることで、
たぶん何かしらの変化はおきるんじゃないかと思う。

では、そこまで大掛かりな変化じゃない場合はどうか?

「近日中」というのは難しいけど、「ながーい年月」ではなく、
「ちょっとながい年月」をかけることで、可能になることっていうのはとても多いと思う。

例えば英語を話せるようになる、とか、結構いい絵をかけるようになる、とか、
あるスポーツでいい線までいくとか。

たぶん「近日中」は無理だけど、これは「ちょっとながい年月」をかけることで
可能なことのように思う。

人はそんなに器用なイキモノじゃないけど、「継続」するということで、
何かしらの変化をもたらすことはできると思うし、一番の近道だと思う。

そうすると、「継続」するにはどうするといいか。

たぶん一つはそれ自体に「楽しさ」があること。
「嬉しい」とかのように、何かが起こることで自分の感情を振るわせるものではなく、
ダイレクトに「自分が楽しい」というもの。

そして、もう一つは、継続するということは、
たぶん最初に想像してもいなかったようなこと
(風邪で寝込むとか、家族が病気になるとか、好きな人に誘われたとか、
おまえダメじゃんと言われたとか)が起きて、継続することを拒もうとする。

それでも、ガマンする。

克服する、というおおげさなものではなく、ガマンする、というのが一番あっているような気がする。

「楽しい」と思うものを、イヤなことや障害があっても「ガマン」して、
ひたすら淡々と「継続」する。

それをやっていくと、たぶん自分が知らない間に、気付かないうちにいろいろとできていて、
ある日周りの人にそれを認めてもらえるときが来ると思う。

周りの人に指摘されて、初めて自分で「できるようになっていた」ということに気付くと思う。

自分が数日でできるようなことは、他の人も数日でできるようになることができる。
でも、ちょっとながい年月をかけることでできることって、他の人はそんなにできない。

だからこそ、そこに、周りが「いいな」とか「ビックリすること」とかが
生まれることができるんだと思う。

最初は下手でもいいので、継続すること。

それが、何かができるようになるための、一番の近道だと思う。

と書いていて、以前読んだ「ボールペンとえんぴつのこと―銀座の小さな文具店」と言う本のことを思い出した。

ここにも書きましたがこの本でも継続することについて、作者の宇井野さんがこのように書いている。

クリエイティブとは、センスや才能というよりも、その分野に長い時間、関わり続けたこと、に尽きるのではないか。

なんていうことを感じることが、最近チョコチョコありました。

コンセプト

当たり前のことかもしれないけど、実感することが多いので、ここに書きます。

何かを作るとき、とても重視しているのが3つ、注意しているのが1つあります。

重視していることは、

  • コンセプト
  • 目標
  • 役割

の3つ。

「とりあえず作る」とかも場合によっては大事だと思うけど、本当のブレイクスルー(成功の規模の大小はありますが)を起こすには、「コンセプト」と「目標」という2つがはっきりとあることで、ゴールまでの4割は進むことができるんじゃないかと思う。

これがないと、必ず途中で迷走するし、ゴールだと思った場所が、全く違った場所にいってしまうことが多々ある。

なので、今までいくつかサービスを作ったり、なにかの体制を作ったりするときに、まず時間をかけるようにしているのがこの2つだ。
※なかなかその時間を許してくれないことがほとんどですけどもね。。

この2つが明確になり、その次に関係する人たちの「役割」を明確化することで、5割くらいは完成に近づく。

そして、注意していることは、その3つを強力に推し進めるために必要なパワーを生む、「関係者全員で共有すること」だ。

順番としては、

  1. コンセプトと目標を明確にする
  2. 関係者全員で共有する
  3. 役割を明確にする
  4. 関係者全員で共有する

という感じです。

今までの自分の仕事において、ここをとても大事にしてきましたし、それがうまくいったときというはほとんど目標を達成できていたように思います。

そして、そこに新たに大事にしたいなと思うことがこの数ヶ月で2つ追加されました。

以前百式の田口さんが以前話されていたのを聞いて、なるほどと思ったことで、コンセプトをより強力なコンセプトにするもの、というのが正しいかもしれないこの2つです。

  • Upgrade your users, not just your product
  • Bud Vase Features


■Upgrade your users, not just your product

これは、田口さんのブログに書いている内容を抜粋します。

【名言】 製品だけじゃなくて、ユーザーもバージョンアップさせなさい。 | i d e a * i d ea

あなたのユーザーをバージョンアップさせなさい。製品だけじゃなくてね

Creating Passionate Usersというブログを書いているKathy Sierraは、サービスのバージョンアップをするときには、その製品やサービスだけではなくて、ユーザーもバージョンアップさせることを強く勧めています。

ユーザーが何かを学べば、彼らはあなたの製品をもっとうまく使うことができます。そしてうまく使うことができれば、もっとあなたの製品を熱心に使うことができるのです。そして彼らはこう言うのです。

「自分はこんなことができるようになったよ!私ってすごい!」、と。

そして、それこそが「口コミ」の源泉なのです。口コミは、「この製品がすごい!」よりも「私ってすごい!」のほうが強力なのです。この言葉をユーザーに言わせるために何ができるでしょうか。

本人が一つ上の体験ができるような、そんなことを可能にするようなコンセプト。
今後コンセプトを考える際には、必ず注意して置きたいポイントです。


■Bud Vase Features

WEBサービスの先頭を突っ走っている、37signalsのブログに、その具体例が載っています

"Bud vase feature"とは、本来の製品の機能とは別なものであるが
(それどころか本来の機能を落とす可能性もあるが)、ユーザーにポジティブな感情を喚起させ、
そのユーザーがどういう人になりたいかを表現させることができる「機能」である

具体例として、乗っているのがフォルクスワーゲンが新しいビートルを発表した時のこと。

ビートルに新機能がついた!みたいな発表だったようですが、新機能というのは「一輪挿し」のことでした。

ビートルになんで一輪挿し?

ここにはビートルの作り手のこのような意図があったようです。

  • 僕らが作ったビートルを買っていただいた方に感謝のキモチを込めたい
  • 納車の時に、花を一輪つけて、納車をしてキモチを表現したい
  • このビートルを使ってもらうときに、その空間が少しでも心地よいものになって欲しい
  • 使う人が好きな花をちょこっとあるとそれが実現できるかも

このようなことがあり、新機能として「一輪挿し」が実現したようです。

ビートルにおける、"Bud Vase Features"というコンセプトから生まれたのが「一輪挿し」という機能でした。
このときのビートルはとても売れたそうです。


この2つは、今後コンセプトを考える際に注意しながら作って行きたいポイントです。


※2006/12/29 追記:”Bud Vase Features”について田口さんのブログでも紹介されていましたので追記します。
【名言】 一輪挿し、という『新機能』 | i d e a * i d ea

仕事がつらいとか大変とかって絶対必要ですか?

よく人が辞める部門の管理職の人と何回か、人がたくさん辞めるのはどうしてか?というような話をした。

その人が言うには、

  • 今の若い人は、根性がない。
  • つらい仕事なんだけど、あまり自主的じゃない。
  • 俺が全部見ないといけない。
  • つらいことを我慢してやることが大事だ。
  • 俺はそれをやってきた。
  • 大変なところを乗り越えることで自分が鍛えられる。
  • 大変なところを乗り越えたときが楽しい。
  • だからつらく大変な状況を作り出してもいる。

というようなことを言っていた(ように感じた)。


仕事でつらいことや大変なことや嫌なことがあるのはよくあることで、どこでもそれは、ある。
でも、それを頑張ってやれるのって、その先にある何かに対して、モチベーションを保てるものがあるかどうかだったりするわけで、延々に大変でつらい仕事をやり続けることがエライわけでも、いいことでも、その人のためにあることでもないと思う。

そんなことを思っていたときに、この前糸井重里さんが、ほぼ日でこんなことを書いていた。

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もし、この世の中に
『良薬は口に苦し』ということばがなかったら、
何かが大きくちがっていたかもしれませんよね。
このことばのせいで、たくさんの人たちが
「苦ければ苦いほど効くんじゃないか」と、
思いこんでいる人が多いんじゃないかなぁ。
体育系のクラブ活動なんかで、
「ウサギ跳び」だとか、さんざんやらされたのも、
痛い歯科治療をガマンされられたのも、
このことばのせいだったような気がします。
ぼくと、うちの犬は、
『ビオフェルミン』という薬が大好きなのですが、
それは「おいしいから」だったりもします。
水なしで口に入れて、コリコリと噛んで食べます。
ちっとも苦くないけれど、いい常備薬だと思ってます。
のどのための『ヴィックス』も大好きです。
これからは、以下のことばを覚えておきましょう。
『なにかの効果や成果は、総痛み量に比例しないぞ』


これを見て、そのとおりだと思った。

大変なことをやること自体が目的化してしまい、その先になにがあるか、うまく伝えられていないんじゃないかと感じた。

目的と手段を間違えているような。

大きな目標に向かって、楽しくやれて、それでいて、ガンガン働く時は働き、休むときにはせいいっぱい休むのがやっぱりいいんじゃないだろうか。

つらいことが必要かどうかと言うと、絶対必要ということではないんじゃないか。

なにかの効果や成果は、総痛み量に比例しない』んだと思う。

シンプルであること

よく、「シンプル」という形容詞や状態についての話を聞く。

  • シンプルで分かりやすい。
  • もっとシンプルにならない?
  • 最終的にはシンプルになったほうがいいよね。

とか。

つまり、「シンプル」という単語が入ってきている文面や言葉は、ポジティブなことか、今よりもポジティブになるときに、使われることが多い。

で、思ったんですが、なんでみんな「シンプル」なものや状態っていいと思うんだろうか。


以前、村上春樹さんが話していたこんな文章を読んだことがある。

僕は必要以上の意味を文章に含ませない。
ぜかといったら、文章にはリズムやフットワークが必要だからだ。

余計な重みはいらない。贅肉をとらないといけない。

と。

リズムやフットワークがある文章。
それは言い換えれば、読んでいて心地よく、しかも余計な情報がないゆえに、読む人に創造力を与えてくれ、読む人毎にいろんな世界が広がる文章。

そういうことを可能にする文章と言うことだと思う。


プレーンヨーグルトなんかもその最たるものかもしれない。


シンプルな味と真っ白い形は、いろんなものに化ける。

何かのジャムをいろいろと入れて、自分好みの味を作ってもいいだろうし、何かの料理に入れて、その料理そのものを豊かにしてもいいだろうし。

使う人によって全く違う使われ方をするし、いろんな創造力を働かせる「余地」がある。


茂木健一郎さんがよく言う、「人間の脳はオープンエンド性(終わりがないということ)という特徴があるがゆえに面白い」ということとも繋がる。
終わりがないがゆえに、その可能性は無限に広がり、様々なイノベーションが生まれる。

この「終わりがない」ということは、まだまだ何かが生まれる「余地」があるということで、村上春樹が言う「リズムやフットワークがある文章」や「プレーンヨーグルト」なんかとも通じるものがある。

「機能的なシンプル」だけではダメで、そこに「オープンエンド性」という要素があるものが、みんなが好きな「シンプル」ということになるんではないだろうか。


シンプル×オープンエンド性


遊びや創造力を発揮できる「シンプル」って、これからも絶対必要な要素だと思う。

心が締め付けられるとき

昨日行った耳鼻科が風邪の患者でごった返していて、たぶんそこで移ったんだろうと思うが、10ヶ月になる娘が深夜3時頃に39度の熱を出し、痙攣を起こした。

あせった。

痙攣し、目の焦点が合わなくなっている娘を見たとき、よからぬことを本当にいろいろと考えてしまった。

救急病院に車でとばし、血液検査、点滴、座薬などなど、次々に体に刺される針や薬を見ているのが本当につらい。
朝7時頃になり、熱はあまり下がらないが、血液検査の結果も特に問題ないということで、家に帰ってきた。

夜になり、なんとか37度5分まで熱が下がり、今ぐっすり寝ている。

人って、大好きな人ができたときだけでなく、大事な人が病気で苦しんでいるのを見たときにも、同じように心が締め付けられるような感覚になるんだ。ということを始めて知った。

大事な人に対して、何かしらの感情が大きく揺れ動くような時に、心が締め付けられるような苦しい感覚になるんだろうな。

正直と素直と誠実について

どんな状態になると、人って心地よいのか?みたいなことを考えていたとき、2つのワードにぶつかった。

「正直」と「誠実」だ。

この2つ考え出すと、なかなかちゃんと自分が分かる納得できる言葉で定義するのが難しい。
けど、もう少し自分で「そうそう」といえるような形で定義してみたい。

調べてみると、

  • 正直 : うそやごまかしのないこと。うらおもてのないこと。また、そのさま。
  • 誠実 : 偽りがなく、まじめなこと。真心が感じられるさま。

(三省堂提供「大辞林 第二版」)

ということだそうだ。「ウソを付かない」という表現が両方にある。

もう少し、自分の感覚に近いところで、定義してみると

  • 正直 : 自分が考えたこと、思ったこと、感じたことを、そのまま相手に伝えること
  • 誠実 : 自分が考えたこと、思ったこと、感じたことを、相手のことを想い伝えること

だろうか。

少し掘り下げると、相手にどんな印象や結果を与えるか。

  • 正直 : 時に相手にとって残酷だけど、相手の心にひびく。そして信頼関係を生むもの。

  • 誠実 : 時に自分にとってつらいけど、相手に好感を与えるもの。

な気がするけど、どうなんだろう。


そういえば、この2つの言葉の中間くらいに定義できそうな言葉もあった。

「素直」だ。

  • 素直 : 性格や態度にひねくれたところがなく、あえて人に逆らったりしないさま。

(三省堂提供「大辞林 第二版」)

自分の感覚に近い定義をしなおすと、

  • 素直 : 外からの刺激(情報・行動)を、そのまま自分の中に受け入れること

ということになるかな。

素直は、「自分で考える」ということが若干、「正直」や「誠実」よりも少ない気がする。
言われたことをそのまま何も考えず、影響を受ける。という感じ。

人が「素直」に対して、「心地よさ」を感じるかというと、どうなんだろう。
どちらかというと、自分の言うことを聞いてくれる、というちょっとした征服感や優越感に近いような感覚かもしれない。

ただ、「正直」で「誠実」な人から受ける刺激を、「素直」に受け入れ、「正直」で「誠実」なアウトプットを生むという循環が生まれると、それはとても、心地よい循環を生むのかもしれない。

色気

それは晴れた日の曇った喫煙室の中での出来事。

友人の唐突な質問から始まった。

「色気ってなんだと思います?」

ん?色気とは何か?わからん。

その場は、その人とあーでもないこーでもない、となんとなく分かるが、言葉にできない「色気」について一生懸命言葉を探した。

ただ、そこでは「こんな感じ?」「あんな方向性で」とか全く持ってよくわからん抽象的な話で終わってしまった。
それからだ、僕の中での色気の定義探しが始まったのは。

会う人、会う人に「色気って何だと思います?」と聞きまくる。

聞いてみると、みんなの中でおそらく共通の認識はあるんだと思うが、それを言葉にしようとすると、なかなか明確なものが出てこない。

そこで、似て非なる「いやらしさ」との違いについて考えることにしてみた。

みんなに聞いてみて実感したのは、「色気」と「いやらしさ」の明らかに違うけど、言葉にしようとするとごっちゃになることが多いということ。

たぶんここははっきりと分けないといけないところだと思う。

「ちょいワルオヤジ」と「エロオヤジ」は違うし、「ニラ」と「ネギ」も違う。
ましてや、「深谷の陣屋のねぎみそせんべい」と「熊谷の梅林堂のねぎみそせんべい」と「行田の十万石のねぎみそせんべい」はパクリかもしれないが違うし、「鈴木ヒロミツ」は「ムック」ではないのである。

「色気」と「いやらしさ」も同じく似て非なるものなのだ。

ここをはっきりさせることができれば、おのずと明確に「色気」について定義できそうな気がする。

いろいろな人と話をしている中で思ったのは、「色気」には一種の「神秘性」に似たイメージが含まれているということと、「いやらしさ」には「エロス」という意味が含まれているということだ。

そして、両方に共通しているのは、「覗く」とか「見てしまう」とか「見えてしまう」とかいう、暖簾のようなフィルターがあると言うこと。

そこでこのように定義できるのではないかと。

・いやらしさ → 体の隙
・色気 → 心の隙


あくまでも肉体的な性について、隙を見せて、または見えている(ようにしている)のが「いやらしさ」であり、
オフィシャルな場でみせているのとは違う本来の自分の心を見せている、または見えてしまうのが「色気」ではないかと。

普段の顔とはちょっと違う、その人の本心が見えてしまう行動や仕草であり、しかもポジティブに感じられるようなものが、「色気」に繋がるのではないかと思った。

それを考えると、よく言われる(よね?)舞妓さんの首筋とかは、「色気」というより「いやらしさ」なのかもしれない。

そして、もう一つ考えないといけないのは、「色気」の「多い・少ない」だ。

あの人のほうが色気があるとか、ないとか言われるときの「色気の量」というのはどこで決まるのだろうか。

たぶん、この「心の隙」からみえた、その人本来の姿が、普段見えている姿とどのくらいポジティブに感じられるギャップがあるか。なのではないかと思う。

ポジティブに感じられるギャップの大きさが、「色気の量」を決めているのではないか。

と、ここまで書いて、「色気のない人」ってどういう人かということが気になる。

この考え方で行くと「隙がない」人のことになる。
ただ、この「隙がない」というのは、2つのパターンがあると思う。

「心を完全に閉じている人」と「心を完全にオープンにしている人」の2つだ。

「心を完全に閉じている人」は、たぶんコミュニケーションが取れない。
「心を完全にオープンにしている人」は、たぶん一緒にいてとても楽しい。


そろそろまとめを。

「色気」は「心の隙」を表す。

「心の隙」は「普段見せない、本当の姿や本心がフっと見えるポジティブに感じられる仕草」のこと。

つまり、「普段見せている姿」と「本当の姿やキモチ」との「ギャップ」のこと。

そして、その「ギャップ」の「大きさ」が「色気の量」に比例する。


そんな感じだ。

と言ってみても、半年後には違うこと言っているかもしない。。


ちなみに、色気が多い人と、心を完全にオープンにしている人と、どちらが好きですか?

僕は両方好きですが、何か?

プロ野球界は「囲い込み戦略」から「囲い込まれ戦略」にホンキで転換したほうがよいと思う

松坂選手騒動は、「どこが」「いくらで」みたいな話がメインで盛り上がっていますが、それと匹敵するくらい毎日新聞やネット上で書かれているのが「日本のスター選手がいなくなり、日本の野球人気が凋落する」という話。

今回は、「日本のスター選手がいなくなり、日本の野球人気が凋落する」にスポットを当ててみようと思います。

この話は、あたりまえのことから整理すると

・日本人スター選手がメジャーに行く
  ↓
・日本の野球界からスターがいなくなる
  ↓
・日本の野球が人気がなくなる

というロジックになっているわけです。

つまり、日本の野球人気は数人のスター選手に頼っていると。

野球に限らずどんなスポーツでもそうですが、スターがいることの重要性は十分理解できるんですが、人気があるかないかっていうのは、それとプラスして、戦いの面白さも必要なわけですよね。

WBCと日本のオールスターの盛り上がり具合の違いって、スター選手が多く出ているのは共通しているんですが、ホンキで戦うことの面白さが、スター選手の出場と同じかそれ以上あったわけです。

つまり、スポーツの面白さは、
・スター選手
・戦いの面白さ
の2つを軸に考えることができる。
(もちろんこれだけではないと思いますが)

それと、前提として、

・選手はよりレベルの高い環境に行きたい
・観客はよりレベルの高いプレーを見たい
・日本の子供が少なくなる現状、野球人口が確実に減る
・世界はいろんなところでオープンでフラットになっている

ということもあるわけです。

じゃー。どうすればよいか。

僕が思ったのは、「囲うより囲われろ」の精神。

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「非」検索会議参加レポート~その1~

昨晩「非」検索会議に参加してきました。

とにかく、内容が濃かった・・

詳細なレポートは後ほどアップします。

まずは、ネタ的ですが(笑

今回のプレゼンは、田口さん、橋本さん、増井さん、茂木さんの4人だったんだけど、
とにかく話が面白い。。

そこで感じたこと。

<全員に共通していたこと>
・話がとにかく早い!メモが全くおいつかん。。
 後でブログに書く内容に正直自身がない。。
・パワポの資料がえらいシンプル。単語だけってシートがたくさん。

<田口さん、橋本さんに共通していたこと>
・ルックスがすっきり
・髪の毛が短めでストレート
・話がすっきりとシンプルで、しかもロジカルでわかりやすい
・プレゼン内容を事前にちゃんと練っている感じがした
  ↓
・秀才肌

<増井さん、模擬さんに共通していたこと>
・ルックスがもっさり
・髪の毛が微妙に長めでテンパ
・話がちょことちょこ飛びまくるが、その場その場ポイントを
 伝えてくれるので最後にはわかる
・プレゼン内容は、ベースを事前に準備し、どんな話にするかは
 当日その場で決めている感じがした
  ↓
・天才肌

できる人達の共通点、そして秀才肌と天才肌の共通点を感じた勉強会でございました(笑

あ、あとネタフルのコグレマサトさんも来ていました。
個人賞を受賞していました。

なんだかホントに濃い感じでした。

百式主催イベントに数回参加するだけで、結構見たことがある人がたくさんいます。

百式を中心に人の繋がりが確実にできているような気がします。

それでは後ほどレポート詳細アップします。

難問の悩み

子供ができて、将来心配するのがまさしくこれ

子供の問いかけ難題

小飼弾さんは、これに追加して

「なんで私を産んだの?」
「私は生まれてきてよかったの?」

だそうです。

僕も一つあります。。


「なんで人を殺しちゃいけないの?」


まだまだちゃんと答えられる自信がありません。。

こちら考えるに参考になると思います。
http://q.hatena.ne.jp/1124114353
http://q.hatena.ne.jp/1128784395

信頼

まずは相手のことを、やんややんや詮索する前に、ガバっと信頼してみよー

そうすると、お互いの信頼関係が醸成されると思うよ

まずは自分から相手を信頼してみよー

それがまずは第一歩

目標管理制度の次にくる評価制度

現在広く普及している人事制度としての目標管理制度。

僕が今いる会社でも導入されている。

評価される立場、評価する立場両方を数年経験してきて感じるのは、効果が見られない、ということ。

そのことについて、非常にわかりやすくまとめてくれているサイトがあった。

なぜかくも目標管理制度はうまくいかないのか


ここの中にある、以下の点が大きなポイントなんだろうと思う。

・現在では変化してしまっている前提 こうして考えると、安易に目標管理制度を取り入れたことだけが、目標管理制度の運用を難しくさせている原因であるとは言えないのではないか。ここでは、3点ほどその原因を仮説として提示する。

1.組織構成
2.組織目標への貢献
3.自律的にすることがモチベーションを高めるとは限らない
※詳細はWEBにて

そして、ここにもう一つ忘れてはならないのが、GTDでも言われていることだが、「仕事の終わりがどんどん曖昧化してきている」、という点だ。

目標管理自体は「ねじを100本作ったら目標達成」や営業職のような「10月5000万売り上げたら達成」というのには向いているが、今は仕事の中身がそういうものではないがほとんどだ。

自分で完了したと思っても、上司や関係者の一言でやり直しになるし、自分で完了と位置づけるものも、はっきりとした基準があるわけではなく、「これで大丈夫ではないか」という自己認識の下に成り立つことが多い。

つまり、今の仕事は明確な「終わり」の基準がない。
アウトプット先が「OK」を出すまで完了はしない。

成果に対して、複数の評価する側の人間と、評価される側の人間との認識が限りなく完全に近い形で一致するものでない限り、目標管理制度を成り立たせるのは難しい。と思う。

現代の仕事において、それはとても、非常に、難しいことだと思う。

絶対的な評価基準がないため、評価者の好き嫌いや印象などでかなりの割合で決まってしまう。

それが目標管理制度の今の実態ではないだろうか。


そう考えると、これからの評価制度というのはどのようなものがよいのか。

非現実的かもしれないが、一つ案として。

1.自分の仕事のアウトプット先を明確にする
  ※例えば、お客さんだったり、社内の特定の部署やスタッフだったり。自分の仕事がどこに対してサービスをしているのかということを事前に明確にしておく。

2.仕事が完了したら、アウトプット先にできるだけ短いスパンで、評価をお願いし、回収する。

3.その評価の合計値・平均値などを元に最終の評価を決定する。(ものによって加重してもよいと思う)


つまり、評価者を身内の一部の人から、外部も含め関係者(ほぼ)全員にしてしまうということ。

理由としては、現代の仕事内容が、個別の達成度や仕事量で測れるものではなく、どれだけアウトプット先に満足してもらえるか、という比重が非常に大きくなっているというか、ほぼそれだけになってきているからだ。

そしてそれ以外に成果を図れる確固たる基準を設けることがどんどん難しくなっている。

どのようにその評価を回収するかなど課題は多いと思うが、今の制度よりもより精度の高い納得性の高い評価を得ることができるんではないだろうか。

メリットとしては
・常に仕事をする上でのスタンスが、アウトプット先の利益を考えるようになり、サービスの質が向上する
・評価の内容への納得感が高くなる
・社内政治が少なくなる(と思う)

デメリットとしては
・アウトプット先の明確さの基準を設けることが難しい
・アウトプット先の言うことをなんでも聞くことがよしとされやすい
 ※結果として、これは最終的に一番お客さんに迷惑をかけるパターンだと思います
・評価者の母数による偏りが大きい


しかし、やっぱり難しいなこの制度。
でも、今より良くなるような可能性はありそう。

もう少し考えてみよ。

「非」検索会議

百式の「非」検索会議に運良く申し込めました。

本当に本当に非常に楽しみです。

生活者に選ばれるサービスとそうではないサービス。その違いはどこにあるのでしょうか。

我々はその違いは「機能の差にはない」のではないか、と考えます。個人でも数万人をホストするサービスが作れる今、技術による機能の差はたいした差別化要因にはなりません。

機能以外の「フィーリング」「気持ちのよさ」「美しさ」・・・そうしたものが生活者に選ばれる理由なのではないでしょうか。

機能以外のポイント、インターフェースや思想などに共感するものへ人が集まる傾向が強まっているように思います。

どんな話が聞けて、どんな気づきがあって、何よりもどんな人に出会えるか。

本当に楽しみです。

後は、仕事が早く終われるように走り回るのみ・・・

グチが出るとき

今日の昼食時の出来事。

僕が座っているテーブルの両隣テーブルには、別々のサラリーマングループが座っていた。
左は2人。右は5人。

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世界がもし100人の村だったらFlash版

ネタフルから

何度見てもいろいろと考えてしまいます。

動画で見る『100人の村』

もし、現在の人類統計比率をきちんと盛り込んで、全世界を100人の村に縮小するとどうなるでしょう。その村には・・・


世界中の人から見たら、こうやってPCを使ってブログを書いていることすら、一つの「奇跡」になるんではないかと思います。

慣れは本当に怖いです。

知らないことは本当にたくさんあります。


idea*idea掲載後の影響

先日行われたブログマーケティング勉強会議の報告をアップした。

そのエントリーへのリンクが、田口さんのブログに掲載された後、アクセス数がすごいことになっている。

通常このブログは平均して10~15くらいのアクセスしかない、身内のような人しか見ていない小さな小さなブログである。

しかし、上述した田口さんのブログ掲載後、一瞬にして、idea*ideaからのアクセスが200アクセスを超えている。

今も引き続きアクセス増加中。

人気ブログへの掲載の威力については頭では分かっていたが、実際に自分の身にそれが起きると、なんとも驚きを実感している。

この後継続して、このブログを見に来てくれる人というのがどのくらいいるものか。

今後もアクセス数を継続してみていきたい。

そして、見てくれる人にとって「益する内容」を頑張って書いていきたい。
と思ったりした次第でございます。

上司

昨日、会社の別の部署の人から「会社辞めることにしました。」と言われた。
来週頭に、上司である人たちに面談をして話をするらしい。

その人は以前から上司となかなかうまくいかなく、もともと持っているスキルは高い(と個人的には思う)んだけど、能力をなかなか発揮できないでいる。ように思っていた。

以前も一時期仕事を休んで、復帰して、でもやっぱりダメで。

「いろんな理由があるんだろうけど、辞めると決心した理由ってなんだったの?」と聞いた。

「昨日上司の2人と面談して、前にも言ったけど、もう一度不満に思うことやこうしたいということを正直に思っていることをぶつけたんです。○○さん(うまくいっていない上司)とのコミュニケーションがうまくいかないということも含めて。」

そしたら、その上司にこう言われたみたい。

「おれもおまえとのコミュニケーションには苦労している。」

と。

それで決心ついたみたいです。

上司ってやつぁ難しいです。

会社組織は、その形態上、理念とか思想とかその会社ごとにいろいろとあるだろうけど、「ヒエラルキー」は必ずといっていいほど存在していて、いろんな人の意見や要望や希望とかって、上司が「うん」と言わないと、先に進まない構造になっている。

考える人が上にいて、手足となって働く人が下にいるトップダウンで進めるには、非常に効率的にできている。
その反面、ボトムアップという形態にはなかなかどうして無理が生じる。

つまり、上司の視野の広さやスキルや性格や懐の広さによって、その会社でできることって決まってくる。
ちょっと大きい会社になると、上司という存在は何層にもわたってあるわけで、その全てにおいて「うん」と言ってくれないと、先に進まない。

現場のスタッフが実は素晴らしく革新的な提案や要望を出したとして、トップまで辿り着くまでに、一つでも、それを理解できない上司がいたとすると、そこで止まってしまうことになる。

もしくはトップが「OK」と言っても、途中の上司が「NO」と言うと、なかなか進まなかったりする。

利害関係も存在するし。この前書いたように「派閥」もあったりするし。

途中がコーラのビンボトルみたいにくびれていちゃいけない。

もぉーこりゃ大変である。

全ての上司が、現場のスタッフよりも「広さ」を持っている会社って存在するんだろうか?
ないでしょ。そんな会社。あるのかな?上に行くほどに「広い」会社。なさそうな気がする。

ということは、上司っていないほうがいいんじゃない?とか思ったり。

次のエントリーでは上司がいないとどんなメリット・デメリットがあるか。
それをちょっと考えてみたい。

派閥の条件

今会社内で派閥ができているらしい。
前からその傾向はあったが、最近のゴタゴタで加速しているみたいだ。

その派閥問題でうんざりし、モチベーションを落としている人がたくさん、いる。

しかしちょっとまて。
会社にいる以上、何かしらの集団ができるのは当然だし、いろんな人がいるのも当然。

その中で、違う考えがぶつかるのは当然あっていいわけだし。派閥ってホントだめなの?

ということで、なんとなく分かるが、ちゃんとよく分かっていない気がする派閥っていったいなんなのか調べてみた。

はてな
政党・企業・官庁等の組織において、思想、利害などを共有する集団。三人寄ると派閥ができる、という説もある。

wikipedia
派閥(はばつ)とは組織内において利害で結びついた人々によって形成する集団。

三省堂「大辞林 第二版」
政党その他の集団の内部において、出身や縁故、特殊な利権などによって結びついた排他的な集まり。


派閥って、つまり「利害」や「利権」で結びついた集団ということらしい。

もしこのままの言葉いくとなると、「会社」という利益を追求する団体は、それ自体が様々な利害と結びついた集団になるわけで、「会社」=「派閥」ということになる。のか?

たぶん違う。と思う。

一般的に言われている「派閥」は三省堂の解説のように「排他的な集まり」のことを指すのがイメージに近い気がする。

でも、それだけじゃなくほかにも要素がありそうだ。

もうちょっと考えてみる。


同じ思考・志向・嗜好な集団ができるということはよくある。

そのときに、「異質」なものや「反対」であるものを受け入れられない、「集団」がもたらすものアウトプットが「マイナス」に向かう感じも派閥のイメージに近いか。
で、他の「集団」と対立していたり。しかも、「権力」がある人が中心にいたりして。

うん。近くなってきた。

つまり、集団である、ということだけでは派閥にならず、以下の要素が必要。

●「派閥」になるための、「派閥」であるための5つの条件●
・権力者がいること
・権力者と同じ思考(志向・嗜好)を元にし、2人以上集まる集団であること
・その思考(志向・嗜好)と異なる意見は受け入れない排他的であること
・集団から出てくるアウトプットは「マイナス」または「ネガティブ」であること
・対立する他の集団(派閥に限らず)があること

なるほど。
派閥として認められるにも、たぶんこれくらいの要素は必要なんだろう。

派閥であることも大変である。

よって、派閥ってやっぱダメじゃん。
自分達のことしか考えていない。

目標に向かって、いろんな意見や思考を取り入れながら、進んでいくほうがやっぱり、いい。

そのほうがサプライズが起きるし、なんと言ってもお客さんとなるべき人にとって有益なものを作り出せそう。


ちなみに、Amazonで「派閥」で調べてみるとこんな感じ。。


「人事課長鬼塚」ちょっと見てみたいかも。。

言葉の定義

なんだか、どんどんこういった言葉って出てきますね(笑

最近の流行はこれだそうです。

SMO(Social Media Optimization)

SMOの対策の5つのポイントがいくつかのサイトで掲載されて
いましたが、ちょっと??な感じがしました。

1. Increase your linkability
 魅力あるコンテンツを発信して,外部からできる限り多くのリンクを張ってもらうことが必要。ブログを設けることも重要。ホワイトペーパも有効。
2. Make tagging and bookmarking easy
 "add to del.icio.us"のようなボタンを設けて,ソーシャル・ブックマーク・サイトでwebサイトのコンテンツを容易に取り込こんでもらえるようにする。
3. Reward inbound links
 ブロガーがリンクを張りたくなるような環境を整える。まずWebサイト内の各コンテンツは必ずパーマリンクにする。さらに最近のリンク元をWebサイト上で掲載するのも,リンク張りのインセンティブを高める。
4. Help your content travel
 Webサイト内では,PDFやビデオファイル,オーディオファイルのようなポータビリティの高いコンテンツを備えれば,外部からのトラフィックを誘導できる。YouTubeのビデオファイルが良い例。メディア・パブでもたびたびYouTubeのビデオを視聴できるようにしてきた。
5. Encourage the mashup
 例えば,RSSフィード配信を実施すれば,Webサイトのコンテンツが外部のマッシュアップの対象となりやすい。そうすることにより,トラフィックを誘導できるし,Webサイトのコンテンツが外部で議論されるようにもなる。


これって、随分前から当たり前としていろいろなところで出
ていたような気がするのですが。。。

でも、こういったものを「SMO」とかいう言葉で定義したとい
うところが大事だったりするんでしょうね。

理不尽なことって

理不尽なことって会社勤めをしていると本当に多い。
いろいろな利害関係があるため、これは当然発生する。

こんなやりとりなんか、世界中の会社で一日何回繰り返されているんだろう。
※注意:今の会社のことじゃないよ。一般的にある、と思われることです。

自分:理不尽なことがある
自分:とりあえず声をあげる
上司:まぁそんなこともある
上司:そこは我慢してやろう
自分:思い通りにいかないこともあるよなぁ(という諦め)
自分:でも、やっぱりおかしいので思い切ってもう一回かけあう
上司:おれも(わたしも)我慢しているんだ!と心で叫ぶ上司
上司:不機嫌
自分:しょうがないのでやる
上司:そういうことを我慢してやることも若いときには大事なんだよ

ということを繰り返すことが多い(と思う)。

ただね、思うんですが、理不尽なことを我慢してやる努力よりも、理不尽なことをやらなくてもよいように努力するほうが大事だと思います。

努力は本当に大事。
でも、理不尽なことを我慢してやることを美徳として欲しくない。


自分たちで理解できないことは、部下や年下の人がたくさん出てくると、とても多くなる。

そういうときには、責任を持って、やってみてもらおう。

サプライズが起きる可能性が高くなるよ。絶対。

そして、それは結果として自分に帰ってくるものも大きいと思う。


※重ね重ね書きますが、今の職場のことじゃないですよ。

創造力とデジタルの関係

デジタル一眼レフが欲しくて、希望のものをあちこち探しては、ちょこちょこ触っている。

そこで思った。

今まではアナログの機能もあんまりついていない、でもレンズはとてもいい一眼レフを使っていて、どんなものが撮れたか、現像してみるまでは分からない。

それゆえ、時間も手間もかかるんだけど、このくらいの光の量だったら絞りをこうして・・うんぬんができて、「写真を撮る」という行為を楽しむことができたし、ある種の緊張感もあった。

それが、今のデジタル一眼レフは、ご存知のように写真を撮ると、すぐにボディについている液晶画面?で確認ができる。

これって本当に便利だ。と思っていた。
今までの時間や手間を一気にふっとばしてくれる。

でも、いろいろと触っているうちに、こんなことを思った。

液晶があると、撮ったものをそこで確認するし、その確認を持って、別の角度や絞り、フレーミングで取るかどうかの判断を行う。

取ったものがOKかどうかの確認も。

ということは、液晶に移っているもので、写真のよしあしを判断するということになる。

これって危険だ。
液晶で簡単に確認ができるのは非常に便利だが、そこに移っている画像を信じることはとても危険。

なぜかというと、ほとんどのカメラの液晶は、写した写真の内容を正確に反映してくれない。
つまり、液晶の精度が相当高くないと、本来移っている内容を正確に反映できない。

光の量、奥行き、フレーミング、などなどどれをとっても、正確に反映させることはできていないようだ。

これだけ、デジタル一眼レフが浸透している中、ほとんどの人は、カメラにたくさんついている補正機能を使い写真を撮り、確認を液晶で行って、それでよし、としているんではないか。

これって、なんだかとても怖いことだと思う。

デジタルの便利さが、写真家のクリエイティブを殺しているように思った。

デジタル一眼レフを買う理由が、いくつか消えた。

買う理由として、残るは、以下の2つ。
・すぐに現像ができる
・すぐにPCに確実に取り込める

これだけでも、買いたい。ですけどね(笑

もし買ったとしても、液晶での確認で済ます、ということは絶対やめよう。
そして、できるだけマニュアルモードで取ろう。

ちなみに、今候補は以下の2つ。

デジタル一眼レフだったらこれです。

レンズは、なんといっても「Carl Zeiss」

今のアナログカメラも、この「Carl Zeiss」レンズに惚れて買ったもの。
京セラがCONTAXを辞めちゃったので、今「Carl Zeiss」レンズをデジタル一眼レフで使うとすると、ニコンFマウントのみになるので、ボディはニコン。

ニコンの中で、コストパフォーマンスが一番よさそうなののは、最近出た「D80」かな。


なんでもキムタクがイメージキャラクターを務めるみたいですね。。。


レンジファインダーカメラだったらこれです。

このクラスでは描写力が一番いいと思う。

GR DIGITAL SPECIAL SITE
GR DIGITAL Online Gallery

効率化の感じ方

先日のエントリーでデュアルディスプレイを使用することでの効果について少し触れた。

自分での検証や他での検証結果などを見ても、通常20~30%の効率化が計れると思う。

ただ、自分が導入したときのことを思い出してみると、「確かに便利かもしれないけど、お金かけてまでやることかなぁ」という意見が大半だった。

今思ってみると、金額の代償に関わらず、「お金を払って効率化のためになにかを導入する」というときには、少なからず「サプライズ」が必要なんだと思う。

そのときの「サプライズ」というのは、効率化が「20~30%」なんてレベルではなく、おそらく「数百%アップ以上」を意味する。

ただ、「数百%アップ以上」の効率化というのはそんなに簡単にすぐに導入できるというものではないことがほとんどだ。手間的にも、金銭的にも。

「確かに便利かもしれないけど・・」というものは手軽に「試してみる」という感じで導入できることが多いと思う。

そのときに、「確かに便利かもしれないけど・・・」といって導入をやめないで欲しい。

大きな金額、大きな手間がかかるのであれば見送るのは分かるが、簡単に少ない投資でできるものは是非試してみて欲しい。

「確かに便利かもしれないけど」と感じるものはたぶんだいたいにおいて、数十%の効率化を産むものかもしれないが、継続して行うことが「数十%」効率化されたとしたら、それはすごいことなんだと思う。

デジタル社会での「数十%」の効率化はそれほど「サプライズ」は起きないかもしれないが、結果として大きな効果を生む。

ためしに、1日8時間労働で、月22日勤務したとすると、「8×22=176時間」となる。
その「176時間」の20%が効率化されたとすると「35.2時間」の効率化だ。
これが30%になると、なんと「52.8時間」もの効率化になる。

年間に換算すると、20%の時は「422.4時間」となり、30%の時は「633.6時間」の効率化だ。

「確かに便利かもしれないけど・・」を大事にしたい。

フィードバックを得るための方法

以前に、「フィードバック」を「簡単にでき」、そしてそれを「簡単に知る」ということができる仕組みの大事さについてここに書いた。

その際に参考にしていた百式の田口さんが書いていた記事を読んでみて、フィードバックを得るためにはどうすればよいかについてまとめたので、備忘録として書いておきます。


・ブログに取り上げられる利点

フィードバックを得るには、様々な人に自分が表現した内容を知ってもらう必要がある。
今もっとも集客効果が高いのは、様々なブログで取り上げられることだと思っている。

その利点は以下の3点
1.影響範囲が広がる

ただ単に読んでもらうのではなくて、ブロガーにとりあげてもらうことによって、そのブロガーの読者にまでリーチすることができる

2.情報の信頼性

消費者は利害関係のない第三者からの情報を最も信じる。さらにそれが複数のブログにわたればぐっと信頼性も増す。「あのブログでもこのブログでもあの商品について書かれていた」という状態を作り出すことができれば最も効果的

3.検索エンジンで調べる人を誘導しやすい

消費者は比較検討してから最終的な意思決定をする。そう考えるといくつものサイトがあなたの商品について言及している状態をつくりだせれば自社のサイトに誘導しやすくなる

次に、

・どのようにすると取り上げられるか

ブログに取り上げられる利点は上記のとおりだが、取り上げられないと当然意味がない。
で、取り上げられる際のポイントは以下の6点

1.「リスト形式」のコンテンツ

箇条書きで「生活を便利にする7つの方法」や「社会人になったら読むべき10冊」と書かれていれば、ちょっと読んでみようかな、という気にさせる

2.診断系コンテンツ

占いや性格診断の類のコンテンツは転送されやすい。「自分はこうだったけど、あの人はどうだろう?」と気になるからだ。そうなるとメールが転送されやすくなり、こちらが何もしなくても勝手に口コミが広がっていく、という傾向がある

3.名前をつける

「Ajax」のように「説明しにくかったものに新しい名前をつける」というアプローチは有効である。それだけでほかのブロガーが取り上げやすくなるからだ

4.データ

人に話をするときは何らかの知識を自慢したいものだ。「自分は知っているけど、君、知ってた?」という心理がブログを書く時には働くからだ

5.誠意を持った議論

ネット上では議論の起こるところに人が集まる。もちろん、誠意のない対応をしていたのでは逆効果であるが、議論によって人が集まってくれて、そこで誠意ある対応ができれば、トラフィックを集めることが出来るからだ


そして、
・効果を計る
だ。
もし集客が一時的に成功したとしても、その集まってきた人たちへの影響やどのように集まってきた蚊などを分析し、効果がどうかを知るということが重要になる。
それを元にいろいろな変化を出していくこともできるからだ。

効果を計るために必要なことは以下の2点

1.ブログ検索エンジンとRSS登録

ブログ検索エンジンで自分が書いた記事に関して検索してみれば、自分のサイトがどこでどのように取り上げられたかがすぐわかる。
重要なのは、検索した後に生成される「RSS」を自分のRSSリーダーに登録しておくことである。こうした検索は一回行ったところでは意味がない

2.トラッキングツールを活用

MyBlogLog
「自分のブログで紹介した他サイトがどれだけクリックされたか」を教えてくれるサービスである。
gVisit
自分のサイトがどこからアクセスされているか世界中からアクセスされていることがわかればモチベーションも上がるからだ。
トラックフィード
他のサイトからリンクが張られたらRSSで教えてくれる
フィードメーター
自分のブログがどれほど人気があるかを測定してくれる。同サイトによると「ランキングは、RSS フィードの購読者数と、ほかのRSS フィードからそのサイトに張られているリンクの数とで計算されています」とのことである
その他、広告測定やアクセス解析ツールなどを使用する。


タバコとカレー

5日間の夏休みの間、長距離の車の移動が続き、まだ6ヶ月の子供にとって、その移動やクーラーの効いた車内はこたえたらしく、風邪を引いてしまった。

以前より評判の高かった(口コミ)小児科医の元へ走る。

一通り診察を終えてから、いつしかタバコの話に。

その小児科医は、なんでも禁煙治療にも積極的に関わっているらしく、その話が非常に面白かった。

まずなぜ禁煙について、積極的かというと、「子供を守るため」ということらしく、いかに子供にとってタバコが害であるかということを話してくれた。

喫煙者である僕にとって、「タバコの害」についての話は耳にタコなわけで、十分理解しているつもりだった。だから子供の前では絶対吸わないようにしていた。

「PPTさん。カレーを思い出してください。」
とその医師。

「カレーを作るときに、ガスレンジに鍋を置いて、換気扇回しますよね?煙や湯気は、その換気扇から外に出ます。でも、家に入った瞬間カレーだってわかりませんか?」

うん。分かる。

「タバコってそれと同じなんです」

ん?

「ニコチンをはじめ、タバコに含まれる成分は、煙にだけあるわけではないんです。その成分は拡散するんです。ですから家で吸わないとか関係ないんですよ。呼吸からも十分にその成分は吐き出されるんです。」

なるほど。

「事実として、その研究結果が出たんです。子供の前ではタバコを吸わない家族がいる子供を集めて検査したんです。そしたら、ほとんどの子供の尿からニコチンが検出されたんです。」

う・・。

「いいですか。確実に子供がニコチンの害に蝕まれています。ニコチンの害に蝕まれると、病気になりやすくなり、成長への弊害も確実に出ます。是非止めてください。」

これには言葉が出なかった。

あれだけかわいい子供に呼吸をしているだけで害を与えていたなんて。。。

確かに考えればすぐに思いつきそうだが、これだけはっきりと理路整然に伝えられると、禁煙を宣言したくなる。

宣言したくなる・・

というか、禁煙しゅる!

便利さゆえの不便利

様々なサービスやツールはいろいろな機能が追加になり、便利になっていく。
しかし、その便利さが同時に不便利を産むことも多くある。

たとえばPCと通信。

容易にコピーが可能になり、瞬時に広範囲に連絡を取れるようになった。

しかし、それが同時にセキュリティ上の問題点を多く含むことにもなり、そのセキュリティレベルを保持するために様々ハードルやルールが設けられる。

そんな中、GooglebTalkがバージョンアップをし、以下の機能が追加になったようだ。

まもなくGoogle Talk誕生1周年--ファイル送信などの新機能が加わる - CNET

1.ファイル送信
2.ボイスメール
3.どんな音楽を聴いているかを友人に知らせる機能

これは本当に便利だ。
特に「1」と「2」はビジネスユーザーにとっては、とても便利なものだろう。

ただ、Skypeのチャット機能の便利さと同様に、同時に非常に大きなリスクも発生する。

メールなどの送信機能などにセキュリティ上チェックをかけている企業は多いが、このファイル送付機能はそのあたりのチェックもスルーし、相手に送付できてしまう。

そのため、Skypeの利用を特定の部署や人間以外の仕様を禁じている企業も多い。

GoogleTalkも同様な道をたどるのだろう。

「特定の人とコミュニケーションをとる」とうことに特化したツールであって欲しかった。。

もしくはビジネスツール用として、チャット・ボイスメール等に特化したものって、GoogleTalkのAPIかなにかを使って作ってくれないだろうか。。。

便利さゆえの不便利って本当に多い・・・

サーバー型放送

サーバー型の放送システムの構築をNHKが検討をしています。

サーバー型放送、課金モデルは成立するか・NHKに聞く

現状のようなテレビ局からの一方的な放送ではなく、ユーザー側(視聴者側)がいつでも好きなときに好きなものを見れる環境(VOD)が提供されることを期待しています。

既に今出ている大容量のHDDレコーダーがあればそれはそれである程度完結するのだが、現在検討しているサーバー型放送では、メタデータの提供を検討しているようです。

ただ、このメタデータ、現状ではあまり使い勝手がよくなさそうです。

池田信夫 blogより

このメタデータには、番組名や内容だけではなく、放送局の発行する「ライセンス」が入っており、視聴者がコピーできるか、CMを飛ばせるか、何回再生できるか、まで放送側で決められる。コンテンツは電波で放送されるが、メタデータの送信には別途、インターネット接続が必要だ(詳細は学会発表参照)。

メタデータは、今のHDDレコーダーのEPG(電子番組ガイド)にも入っている。サーバー型放送が違うのは、このデータが放送局によって一方的につけられ、それをユーザーが変更できないことだ。要するに、佐々木俊尚さんの指摘するように「受信機のHDDはユーザーの所有物なのに、その中のコンテンツは放送局の所有物」なのである。携帯端末に転送するメディアがSDカードに限定されているのは、松下が中心だからだろうか。

ウェブで映像や音声を検索するためには、メタデータの整備が重要だ。先日も紹介したように、W3Cもグーグルもこの分野では苦労している。彼らは、どうすれば多くのユーザーに使ってもらえるか考えているのだ。ところが日本では、あいかわらず供給側の都合で、テレビ局の既得権を守るために独自規格のメタデータをつくり、これをARIB(電波産業会)で「政府公認標準」にする。このサーバーに、クライアントは現れるのだろうか?

このメタデータがもっと整理され、ユーザー側が「見たいものを検索できる」仕組みが整理されれば、サーバー型放送に一つ大きな意味が出てきます。

そして、もう一つ是非実現して欲しいのは、家庭・個人ごとの閲覧する番組を分析し閲覧するユーザーの好みにあったものをオススメする、という仕組み。

自分の欲求に沿った検索が可能になり、同時に自分が想定していなかった番組を提供してくれるように是非なって欲しいと願っています。

どれだけ個人・家庭別に特化した番組配信が可能になるか。
それが大きなポイントになると思いますし、サーバー型放送はそれを実現させてくれる大きな手段だと思います。

そしてそれがiPodやその他のデバイスに自動的に転送してくれるようにもなれば、タイムシフト・エリアシフトが起き、テレビ番組を閲覧する文化が変わると思いますし、広告のあり方も変わると思います。


~オススメ本~

mixi上場への注目点

mixiの上場があちこちで話題ですね。
時価総額が1000億円!を超えるんではないかなんても言われています。

実際どのくらいの利益を出しているのかを見てみました。

売上高 :18億9300万円
経常利益:9億1200万円

この利益率、すごいですね。

ちょっと内容を細かく見てみると、

<売げ構成>
売上高合計:1,893,452,000円
Find Job!:1,221,726,000円
mixi   : 640,837,000円
その他  : 30,888,000円

<売上構成比(約)>
Find Job!:65%
mixi   :34%
その他  : 1%

実態としてはmixiではなくFind Job!で儲かっているみたいですね。

mixiのあのトラフィックに対してのネットワーク関連の投資を考えると、まだまだmixi自体で儲かっているという状況にはなっていないようですね。

事実、現状では広告ビジネスのみになっているので、それもしょうがないかもしれません。

しかも、mixiの社長は、今後はFind Job!よりもmixiを事業の柱にしていくと明言していましたので、今後のmixiがどんなサービスを展開し、お金につなげるかは要注目です。

王道である、物販(デジタルコンテンツ販売含)・流通・決済と進んでいくのでしょうか。

いずれにしろ、事業の柱となるmixiがまだお金をしっかりと埋めるものではないにもかかわらず、これだけの注目を集めているというのは、やはりユーザーを多く抱えているところの強みなんでしょう。

神楽坂

街を楽しみ坂を楽しむというテーマで、僕を含め3名で先日神楽坂に初めて行ってきました。

神楽坂という街は話はちょこちょこ聞いていたのですが、古きよき東京の町並みがみごとに残っている非常に魅力的な街でした。

歴史や文化がみごとに街並みに反映され、それが今もしっかりと残っているこんな場所が東京にあるということがとても不思議な感じがしました。

時間が止まっている感覚を何度か受けました。

そのとき撮ってきた写真はこちら

リバーサルフィルムからなぜかうまくスキャンできなくて、70枚くらい撮ってきたうちスキャンできたのはこれだけ。。。

そのうちの一枚

神楽坂

なんでうまくいかないのだろ。。

コンテンツ産業

様々なプラットフォームが整い、次にくるにはやはりこういった形だろう。

オリコン 「コンテンツフリマ」展開 個人作品をネット売買

ただ、素人が作ったものに対してお金を出して買うという行為に繋がるとは思えない。

この形の次に、各自が持っている個性=コンテンツがお金に生まれる仕組みが出てくると思う。

キーワードは、「クリエイティブ」「コミュニティ」「コラボ」のような気がする。

早くこのビジネスをしてみたい。

写真の手ブレを補正する新技術

すごいなぁ。写真の世界はこの10年で本当にガラリと変わったよ。。

写真の手ブレを補正する新技術、MITとトロント大学が開発

でも、正直言うと最近の最新式カメラで撮った写真や画像加工ソフトで加工した写真は、本来その人が持っている感性がどんどん反映されない画一的なものを生み出す工場のような印象がある。

あれだけ、いろんな制御で補正されると、撮った後のサプライズや偶然性、緊張感がなくなっていってしまうな。。

もちろん、こういった補正技術は一般ユーザーのカメラや加工ソフトに使うだけではないのだろうが、それでも写真がどんどん面白みがない高機能な機械から吐き出される工業製品になっていくようでそれはそれで寂しい。

人のクリエイティブを刺激することって、機能ではないものね。

あるものを別のものに使うことの楽しさ

先日郵便局の方からいただいた名刺がなんと、「ハガキ」を名刺サイズにし、そこに郵便局の住所や名前などが全部書いているものだった。

最初見たときにサプライズがありましたですよ。

やるなぁ民営化。

実際の画像はこちらのブログにありましたので、それをご参照くださいな。

機能は変わらずデザインが似ている他のものを適用すると、とても楽しい。

これなんかもそうだよね~


アナログレコード風CD-R:eMark「Black Diamond CD-R」

こういった遊び心をビジネスに持ち込むことって、プチ楽しさを味わわせてくれて本当に好きだなぁ。

日本発

WEBサービスは特にだが、海外でリリースされたものを日本版にアレンジしリリースすることがほとんどだ。
だが、日本発のサービスがこれから確実に増えていくと思う。

WEBサービスを展開する企業で、日本からグローバル展開し成功した会社というのはまだ知らない。
今一番近いところにいるのが「はてな」だと思う。

そんななか、このような記事があった。

写真共有サイト「フォト蔵」、英語版を本公開--英語圏10億人の利用を視野に

サービスのユニークさはそれほど感じないが、是非日本発のサービスがたくさん定着して欲しい!

堀江さん、もの作りの原点へ

サイバー藤田社長、堀江被告をCTOにという記事から。

日本で一番有名な社長であった堀江さん。
あの事件以降はめっきりメディアから姿を消してしまったのだが、サイバーエージェントにCTOで参加するかもということで、正直ちょっとわくわくした。

いろいろと問題があった・なかったということはここではさておき、短期間であれだけの規模になったサービス・そのトラフィックに耐えうる技術を要するような会社はほとんどなかったと思う。

「いろんなサービスをリリースする」ということが前面に出ていたけど、それを支えている技術力の高さは各方面で言われている。

今勢いのあるWEBサービス企業(Googleやはてななど)は、そのサービスの利便性・面白さ・ユニークさなどが取り上げられることが多いが、それを支えているのは間違いなく、それを実現する技術力であり、「モノ作り」に対するクオリティなんだと思う。

「こんなことができたらいいなぁ」という発想はいろんな人から生まれる可能性があるが、それを実現する技術力=モノ作り力はなかなか手にすることはできない。

SONYやトヨタやホンダ、そして日本中にある中小企業の強さの原点はやっぱり「モノ作り」の力であって、サービスを考える力ではないと思う。

アイデアはいろんなところに落ちている。
だけど形としてアウトプットする力がある企業や人が一番強いと思う。

・アイデアを拾うこと
・それを実現させること

この2つは今後も変わらない成長するために大事なことだと思う。

ただ、残念ながら僕には「モノ作り」の力がない。

アイデアがいくつかあってもそれを実現させる力・手段がないのだ。

でも、そんな僕でも、信頼できるそういった力を持った人と一緒にやることで、アウトプットを実現できるようになる。

人の繋がりは本当に大事。


いろいろと脱線してしまったが、堀江さんという人は、日本のIT業界において、そのモノ作りをまっさきに実現してきた人だと思う。

その人が今度はサイバーエージェントにいってどんなモノ作りをしてくれるのか、とても楽しみだ。

子育て支援グッツの本質

こんな感じの子供をあやすグッツってたくさんある。

母親の手を模した枕:「Zaky」
http://www.gizmodo.jp/2006/08/zaky.html

揺れるベットなんかもそう。

その話を同じくらいの子供がいる上司としていたところ、

抱っこに求めるのは"重み"ではなく、
リズムだと思っているので、これはねえな!

と一蹴。

確かにそうなんだよね。
子供をあやすことを、他で代用ってなかなかできなくて、すぐにグズったり、泣いたりしてしまう。

肌と肌でふれあい、キモチを込めて子供に接することが一番子供にとって安心し、落ち着いて寝るようになる。

その上司曰く。

人ってすげーよな。

納得。

結局早道はないんだろね。

iPhoneの偽CM

iPhoneの偽CMだそうです。

クォリティ高いなぁ。。

こういったマニアが出てくるような会社・サービスを作りたいですね~

相手に○○されたいときは先に相手に○○をする

やばい。ハマッテイル。。。

恋愛部活~ラブカツ~

高校生のねるとん純粋版みたいな番組なんだけど、ヤバイっす。。

しかも番組挿入歌がスピッツ。。。

ぐっとくるよ。涙とか出るもん。

昨日は、2組が成立。

んで、思ったなぁ

1人の女性に対して2人の男性が告白して、1人が振られてしまったわけです。
成功したほうをA君、振られたほうをB君だとして、そのアプローチの仕方がまったく違ったわけさ。

デートの際の2人の会話の要約
A君:へー大阪では「アメ」のことを「アメちゃん」って言うんだ。面白いね。もっと教えて。
B君:僕は小さいころから△△で、□□なんだよね。でも、最近変わらなきゃって思ってさ。

告白の際の2人のコメント
A君:君の事をもっともっと知りたい。で、これあげる。「アメちゃん」。
B君:僕のいいところや、悪いところをもっともっと知って欲しい。

数時間しか会っていない彼女に対してのキモチは、2人とも同じくらいだったんだろうし、見た目はB君のほうがちょっとかっこいいかもしれん。

でも、彼女のキモチの届いたのはA君のほうだったんだよね。

付き合うには、いきなり「好き」という感情になる前に、「興味を持つ」という過程を踏むと思うんだけど、A君はまず興味を持っていることをしっかりと示すことができた。

彼女に興味を持つことができて、それをしっかりと表現することができれば、彼女も自然とA君に興味を持つようになる。

事実として、A君は彼女という個人に対してしっかりと興味を持っていた。

そして、結果として、彼女はA君に興味を持った。

B君は、自分の話を聞いてくれて、ある程度かわいい娘であれば誰でもよかったんじゃないかな。

そんなことを感じた。

そして、これって、他にもあてはまるよなぁと。

たとえば、仕事していて、自分のことを尊敬してくれていない人がいたとする。
その場合、自分がその人を尊敬していないことがほとんどだ。
その逆も然り。

相手に対して行っている○○は、そのまま相手から○○として帰ってくる。

これって、どんな場面でも変わらん現象だと思う。

後、もし、B君も同じく彼女に対して非常に興味を持っていた場合、A君とB君のどちらに、彼女が振り向くか。
それは、キモチの強さと表現方法。だと思う。

規制って

CNETにこのような記事がありました。

子供に悪影響を与えるテレビ番組をいかに排除するか--業界と保護者の攻防
http://japan.cnet.com/news/sec/story/0,2000056024,20185347,00.htm?ref=rss

このような議論が起きるといつも思います。

ここで出ているような「子供に悪影響を与える番組」のような情報は、放送しないという規制ができても、実際世の中にたくさんあったり、現実的に向き合わないといけないことが出てくるわけで、「規制」するんではなく、むしろ教育の場に積極的に持っていったほうがよいんではないかと思ってしまいます。

みんなが使えるということ

サービスを作っていく中で、サービスをどれだけシンプルに分かりやすく作れるかについて、日々議論を戦わせている。

どうしても開発途中においては、「あれがあったほうが便利かも」「こういうのも必要じゃない?」ということが日々出てくるわけで、それをどんどん追加していくと、複雑で誰も使いこなせない、融通が利かない、重いシステムになっていく。

不必要な機能を見極め、それをどれだけ勇気を持って削り落としていけるか、周りと調整しながらとてつもない苦労が続く。

知り合いの尊敬する技術者が言っていた言葉

最高の要件定義書というのは、全てを網羅しているものではないんです。これがなければサービスが回らないというくらいギリギリまで削り落としたものを言うんです。それをα版、β版として出していき、使う人の意見を取り入れながら改善していく。最初の小さな小さな苗木のようなものが最高の要件定義書です。それを徐々に大きな大木に育てていくんです。

これをはじめて聞いたときには、目からうろこが落ちたのを覚えている。
今までは、想定されることを全て盛り込んだものが最高の要件定義書と思っていたからだ。

だけど、これで今までうまく行ったものは一つとしてないのが事実。
尊敬するその技術者と一緒にした仕事は全てがうまくったのも事実。

まだまだ僕の周りは全てを盛り込もうとする人が多い。

そんな中これを見て思った。

Google accessible
http://labs.google.com/accessible/

シンプルに分かりやすく、それでいて十分な機能を盛り込んだものが、ここのFAQではないかと。

Google accessible FAQ


初めて見たときには、びっくりした。でもいいよねここまで徹底してやるの。

十人十色

時は梅雨時22時10分。

新宿発 京王線 準特急 京王八王子行き。

僕は階段を走り降り、ぎりぎり滑り込む。

胸と背中をゆっくりと粘りつくように汗が落ちる。

車内は帰宅と飲み会の帰りのサラリーマンやOLでごった返し、様々な臭いのコラボレーション。
そこに、梅雨時独特のモワっと感がアクセントを利かせる。
もちろん僕の汗臭さも。

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自分への手紙

誰にでも優しいよね。

ホントはどう思っているの?

それって本心?

心の奥底が見えない。


人に良く見られたい、認めてもらいたい、褒めてもらいたいという気持ちが
自意識が過剰でプライドが高い自分を作り

笑顔で、うなずき、みんなの人気モノになることで、うわべの社交術・満足感を覚え
そのままを感じ、伝え、表現することが怖くなる

ヒトが本能的に持っている感じる力を無くし
伝え・表現する力を無くす


自分なりの感じ方、伝え方、表現の仕方を恐れ
そして、それを間違ってきた


今ハッキリそう感じる


そのままを感じ、表現すること

その先に、伝え方を覚えていくこと

そうすることでいろんな可能性が開けるんじゃないかな

ヒトは完全ではない

地球上で一番不完全なイキモノ

だからボクも当然不完全

それだから面白いことがたくさんあるんだよねー


ブログについてちょっと考えてみる

CGMの中でも一番身近に感じるものの一つが「ブログ」。
そのブログについてちょっと考えてみたい。

自分にとってのブログは、今まで複数のブログを立ち上げては消し、立ち上げては友人に譲りなどを繰り返してきていて、まだまだうまくブログを「活用できていない」とまずは感じる。

んじゃーしっかりと「活用している状況」とういことは何か?ということをまずは考えてみたい。

最初に浮かんだのは「継続できている」かどうかということ。

世の中にゴマンとあるブログだが、そのほとんどが更新されずにそのまま放置という状況。

そんな中、しっかりと「継続できている」という状況を作っている人も多くいる。

で、「継続する」ということができるためには何が必要かというと、「ブログを書く」という行為に対してのモチベーションが必要であって、おそらく「ブログを書くことで得る何かがある」ということを実感できている、ことが一つのポイントなんだと思う。

それが金銭的なものかもしれないし、評判かもしれないし、誰かからのコメントをもらうことで新しい発見があるということかもしれないし、他の人のブログに記事を引用してもらって嬉しいとか、自分にとって「得る何か=モチベーションを高める何か」が必要であって、今の自分はそれがまだ全く感じていないのだと思う。

なんとなく楽しそう、流行っているからやってみようという感覚から抜けていない。

そう考えると、今後のCGMをベースにしたビジネスにおいて、アクティブなユーザーに多く参加してもらう「モノ」を作る際には、その参加するユーザーが「継続」できるための「モチベーションを高めることができる」「何か」を「得る」仕組みが大きく必要になるんであろう。

んで、その「何か」ということが大事になるのだが、それは次回また考えてみたい。

禁じられた島

来週から約2週間強の休みだ。
社会人になってからこんなに長い休みを取るのは初めて。
今ままでかなり突っ走ってきた感があったので、ちょっと眺めの休みを取り、常々行きたいと思っていたクロアチアに行くことにし、予約を取りました。
胸わくわくの中、請求書をもって銀行に振込みに行こうと思ったその時、事件が・・・

請求書の下のほうにちっちゃく「クロアチアに入国する際にはパスポートの有効期限が6ヶ月以上必要です」の文字。

やっっべ・・・

今もっているパスポートは残り4ヶ月・・

今回は泣く泣くキャンセルし、行き先を変更することにしました(涙

今のところ、いくつか候補の中で有効期限を気にしなくても大丈夫で、すぐにチケットが取れそうなところとしてハワイにしようかと思っています。

日本人があんまりいなくて、ゆ~~~っくりできそうな場所にしよう。

と思いいろいろと調べていたら、なんとハワイの「ニイハウ島」という島のことを始めて知りました。


カウアイ島の南西、カウラカヒ海峡を越えて27㎞先に浮かぶ、200平方km足らずの島、ニイハウ。1864年、ニュージーランドから移住してきた富裕なロビンソン一家が当時のカメハメハ5世から買い取ったもので、ハワイ諸島では唯一の個人所有の島だ。 信仰深く、風変わりなロビンソン一家の長年にわたる支配のため、ごく近年まで、ほとんどの島民は島を離れることを禁じられ、外の世界を知ることなく死んでいった。また、この期間、ニイハウでは“k”の代わりに“t”が使われる古いハワイ語が公用語とされて、英語はロビンソン一家のなかでしか話されていなかった。
現在でもニイハウは、ハワイ語が第一国語になっているハワイ唯一の島である。しかし、このような封建的支配のため、同島では、考古学的に貴重な品々が数多く破壊されずに保存されており、今も、昔の酋長たちの遺骸がマカロア布に包まれ、洞穴の中に葬られているといわれる。
2000年の国勢調査によると、住民は160人ほど。島民の多くは、牛や羊の放牧、蜂蜜の採集などで生計を立てている。州の教育局員と税務署員、医者以外は、島民とロビンソン一家の者しか、島への自由な出入りを許されない。政治上はカウアイ郡の一部となっているものの、それはあくまで形式的なものにすぎないのだ。

あんなに観光地化されている場所で、こんなに秘境めいた場所があったなんて。。

しかも個人所有で、島全体が一つの国のような場所になっており、一族かごく少数の関係者しか立ち入ることができないチョー鎖国社会。

しかもしかも電話も電気もテレビもない。。けどなぜかビデオはあるという変わったところ。


しかしすげーな。

ハワイにこんなところがあったなんて。。

行って見たい。。

産まれた・・・

ついに産まれました!
一時危ない状況だったみたいですが、なんとか無事に新しい命が誕生しました。

立会い出産だったんですが、ホントに女の人ってすごい。。
俺はまず無理だ。。

完全に白旗です・・


赤ちゃん
生まれたぜ!ガッツ石松にちょっと似ているが、それがまたなんともかわいい・・


目的達成のために

やりたいことがあるために、今やっていることが頭に入らないとき、以下のようなことが考えられる。

今やっている仕事がこれからの仕事にいかに役に立つか、今一生懸命頑張ることがこれからどのようなことに役に立つか、頭に入らないスタッフへの落とし込みができていない可能性がある。
本当に役に立たないのであれば、早めに別の道に進めてあげたほうがよいと思う。

ちょっとした備忘録。

振り返り

こんだけ情報が取りやすく、あふれんばかりに出回っている中、自分なりに効率よく、ためになる情報を取得しなきゃならんのは当然の話ですよね。
そうは言っても、どんどん新しい情報が入ってくる中、古い情報はどんどん忘れてしまうのもまた事実。

そんな中、便利なのが「ランキング」なるもの。

新年なので、去年一年の様々なランキングをいろんなサイトが出しています。

こういったものは、一年間の振返り(大事!)にもなるし、個人的な備忘録にもなるため重宝します。

ということで、僕が信頼しているサイトの様々なランキングを備忘録として記載します。
いろんなものを見つけ次第ここにアップします。

Continue reading

スーツが・・・

この前飲んだ後、そのままスーツの上着をどこかに忘れてきてしまった・・・
出てきません。。
どこからも。。

昔のスーツを出したけど、それがきつくて入らず・・

hara

決意しました。

腹筋やります。

ということで、今日で3日目。

夏にはパックリ割れたお腹を披露致します。

「豊か」になるために

この前ラジオで、高城剛が話していたこと。

ITだ、六本木ヒルズだ、ヒルズ族だ、なんだって言っているけど、今出てきているものって、「便利なもの」ばかり。
「便利なもの」はいらんわけですよ。
これから何が必要かっていうと、「人が豊かになるもの」です。
誰かが作ってくれる「便利なもの」を使って、「人を豊かにする」ことが求められているんです。
「豊か」になるためにどうするかっていうことを考えるのが楽しくてしょうがない。

「豊か」かぁ。

自分の中の基準って、確かに「便利」「効率」とかだったりするわけで、それを「豊か」に置き換えるとどうなるんだろう?

そんなことを考えつつ、高城剛が他で話していることについて調べていると、古いけどここにぶつかりました。
※しかし雑なサイトです。。。

すでに1999年のこのときに話していて、今も同じ主張をしているんだということがよくわかります。

「自由な時間」と「空間」というキーワードがとても印象強いですね。

今考えていることを、「自由な時間」と「空間」というキーワードで、「豊か」になれるのかどうかを目標に考えてみるとどんなになるだろう?

ライオンのメスはトラ

恥ずかしさから冷たく接することしかできず、誰かをかばうために嘘をついてしまい、相手のことを思っているのにうまく伝えることができず結果として相手を傷つけてしまう。
人一倍さびしがり屋なのに強がり、ダメだと頭でわかっているのに体がいうことをきかない。

親を裏切り、友達を失くし、最愛の彼女を傷つける。

30歳になり、2度目の結婚をし子供まで生まれるのに、「ライオンのメスはトラ」と一途に思い続ける。

でもなぜか達筆だったりする。


そんな古い友人からの1枚の手紙が出てきた。


中学時代同じ野球部で3年間一緒に汗を流してきた。

高校になり別々の学校に進学し、1年から新聞やテレビで見る彼の活躍に嬉しさと悔しさを同時に感じる仲だった。

順調な野球人生を歩んでいたはずが、2年の時突然高校を辞めたという噂が入ってくる。

なんでも同じ寮に住んでいるチームメートの財布を盗み、退学処分になったとかならないとか。

真相はいまでも正直よくわからん。

学校を辞めた後は、典型的な「ヤンキー」への道をひた走る。


それ以来会うたびに、中学時代に優勝候補だった僕らのチームが準決勝で負けたのは「自分のせいでさー」と照れて必ず口にし、乗っている車はどんどん車高が低くなり、反比例するように髪の毛は金色に立ち続けている。

でも、完全にヤンキー化した彼に「そうだよお前のせいだよ」とも「そんなことはねーよ」とも、誰も何も言わない。もちろん車高や金髪についても。


そんな古い友人からの1枚の手紙。


おそらくこの手紙をくれたときには、友達と呼べる人は僕ともう一人くらいだったんだと思う。

すべてがうまくいかず、誰とも心を通わせることもなく、歌舞伎町で毎晩呼び込みのバイトをし、酒をたらふく飲み、ナンパをし、何人もの彼女の家を渡り歩く。


そんな時にくれた手紙。

短い手紙の中、「会いましょう」「飲みにいきましょう」「遊びに行きましょう」という言葉が十数回も出てくる。

「また、カブト虫とクワガタ間違えてしまいました。ライオンのメスはトラです。」
「現実に戻れない日々が続いています。」

やたらめったら達筆な字で何かを伝えてくる。

そして

「準決勝はごめんなさい」


寂しかったんだと思う。
声をかけてもらいたかったんだと思う。

何かをただ話したかったんだと思う。


そんな彼に数年ぶりに会いに行こうと思う。

630点

子供が生まれる時期が近づいているということもあり、嫁の実家に引越しをすることにしました。

実家のリフォームや荷造りも順調に進み、後は引越し業者に運んでもらうのを待つのみ。
それに伴い、ここ1~2年で買った本やCD・DVDの大処分もすることに。

どれもこれも、気に入っているものばかりで、そんなお気に入りたちに囲まれているのもとてもイゴゴチのよいものだったんだけど。。。

CDは気に入っているのはほとんどがiPodやPCに入っているので、問題ないんだけど、
「捨てる本」と「捨てない本」の選別が非常に難航。。。

「仕事と私とどっちが大事なの?」みたいな、なんでそんな質問するんだよ・・・というような選択をしているみたいでつらい。。

頻繁に読み返したりしないものでも、「そこにある」ことが大事だったりする気がしたんだけど、物理的に嫁の実家に全てを持っていくのは不可能。。

もうこうなれば、思い切って以下の基準で選別。

・3回以上読み返した本かどうか
・来年1年以内に読み返す可能性があるかどうか

ぐぁー!っと心の中で叫びながら、あっち・こっちと本を分けていったわけさ。

でもねー。でもやっぱり難しいわけよ。

来年1年以内に読み返す可能性があるかどうかなんて分からんしさ、ほとんどがそれに当てはまって、結局は8割以上が「捨てない本」になってしまってさ。

延々と選別を繰り返して、繰り返して、わが子をお金がなくて誰かに売り飛ばす気持ちってこんななのかなぁ。。とか勝手に想像しながらなんとか選別完了。

合計630点ちょっとの数を捨てることに。

BookOffのアルバイトの兄ちゃんが引き取りにきてくれて、テキパキと車に乗せられ、あっという間に、新たな持ち主求めて旅立っていってしまいました(泣)

あの本置いておけばよかったなぁとか、グチグチしていたけど、年始をすっきりとした気持ちで迎えるにはちょうどよかったもね。


あぁ。。でも手塚治関連は残しておけばよかったかなぁ。。

来年はHappy!になるように

年末はやっぱりいろいろと忙しいですね。
でも、来年のことをいろいろと。

ある程度案は固まりました。

今日マネージャー達と、大方の方針作成をします。

彼女達にとって怒涛の1年だったと思います。
そんな中休みの日に長時間拘束するのはとてもかわいそうなんですが、でもこれをやらんと来年みんなが本当に苦労するし、やっておくと後がとても楽です。


・目標を立てる
・問題点をあげる
・施策を考える
・施策のザクッとしたスケジュールを出す
・施策を行うに当たってのどんな人が必要か考える
・役割を切る
・誰をいつそこに配置するかを考える
・いつ何名どんな人を採用するかを考える

今日やることはこのような内容の大筋を決めます。

そして、来年のテーマは「Happy!」と決めています。

ちなみに今年は「LOVE」でした。

関係者(ステークホルダー)全員に対して「LOVE」な気持ちを持って接することが大事という気持ちで、それを前提にものごとを判断してきたし、その意識は心の底である程度みんなに備わったのかなと思います。
チームメンバーは周りからの評判もいいですし、何よりもぶつかりやすい営業とうまくいっているという点。
「仕事を一緒に取りにいく」という姿勢が根付いたこと。

これは1年半前に今の役割についたときからずーっと行っていたことで、今は違和感無くチーム全体でできている感じがします。

そんな中、今年の秋口頃から「LOVE」で来年も行くのがいいのか、別のがいいのか考えていました。

結論として出てきたのは、「LOVE」はとてもいいテーマであったことは確かだけど、ただ自分がすごく疲弊してしまうということ。

とても周りに対して気を使うし、判断の基準が自分のことよりも圧倒的に相手になってしまう。

それって何かがちょっと違うなぁと思っていました。

「LOVE」の先にあるもの。

自分はどうなりたいのか?みんなにどうなってもらいたいのか?

当然すぐには結論が出るものではないですが、今たどりついたのは
「Happy!」であるということ。

うん。クサイ。

でも、くさくてもなんでも、それってみんなが「Happy!」になれるのかどうかを判断基準に、そして前提として来期はいろいろと進めて生きたいと思います。

今つらくても、後々その人のためになり、結果として「Happy!」なんであればやらなければいけないし、
それをやることで、結果としてみんなが不幸になってしまうのであればやってはいけないし。

そんな判断基準で明日の打ち合わせに向かいたいと思います。

来年もいろいろなことがあるんだろうなぁ。

楽しみですね。

無意識ときっかけを科学すること

そのうちやってみたいとなんとなく思う仕事について。

いま漠然と興味があること。

「無意識と、それにに影響するきっかけを科学する」

ということ。

無意識とは・・
フロイトによって提唱された精神分析の基本概念。心の地層モデルの3つの下位分類(意識、前意識、無意識)のうちのひとつ。

らしいです。でも反対意見もたくさんあるようですが・・

小難しい話は抜きにして、人の行動や思考の原点になりえる、「無意識」を押さえることができたら、今のマーケティング活動っていらなくなるんじゃないかな。

マーケティングっていろんな手法や考え方があるんだけど、どれだけ人に「買う」という行動に結び付けさせるかということに変わりはないですよね。

買う=欲しい×必要

という図式は、性別・年代・職業・時代などが変わってもおそらくそんなに変わらないはず。

「欲しい」も「必要」も人の脳で判断することではあるけど、脳が判断する前に、何かきっかけを与えることで、「欲しい」や「必要」と脳が判断するんじゃないかなと思う。

その「きっかけ」が影響を与えるものって、自分が理解できているものや意識しているものとは違うところにありそうな気がします。たぶん。

ぜったいこの人好きになれない、と思っててもちょっとした会話をした瞬間に好きなって、どうしようもなくなって、胸がキューンとなるような感じ。

そのちょっとした「会話」にあたるものが「きっかけ」であって、その「きっかけ」によって刺激を受け、脳に「好き」と判断させたのが、「無意識」にあたるんじゃないかなと。

ということをつらつらと。。

でも、こういうのっていっぱい研究されているんだろうなぁ。
情報持っている人がいたら教えてくださいな。

うれしいこと

うちのマネージャー達が、つらい状況を受け入れ、そこから次をどうするか考え、互いを励まし、どんどん行動に移している。

それが、だんだん周りの人を巻き込み、大きなうねりを作り始めている。

そんなやつらを見ている毎日が正直とても楽しい。

そんなやつらにいい思いを絶対させてあげたい。

Google検索結果後の非表示について

このブログの左側にもある何かと便利なGoogle検索ですが、先日まで左側のボックスで検索をすると真っ白なページしか表示されず、検索結果が全く表示されないという現象が起きていました。

検索ボックスのソースコード内の文字コードをいろいろと変えたり、違う形の検索ボックス用ソースコードを張ったり、jujubeさんにいろいろと調べてもらったりしたけど、結局なかなか改善せず・・・。

jujubeさん。
本当に本当にありがとうございました。

ちなみにOSはWinXPでブラウザはIE6とSleipnir、FireFoxでだめでした。


んで、どうしたかというとブラウザの「エンコード」から
「自動選択」を選んだ。

それだけです。

そしたらあの何日間も悩んだものが一発で消え去りました。。。

こ・こんなことだったのかよ・・・。

でも、よかったです。ホント。

結婚についてたまには考えてみる

今の嫁と付き合ったのが、平成10年10月10日だからもう5年も経つのか。
籍を入れてからもうじき3年になる。
早いもんだ。

結婚って何?なんで結婚するの?みたいなことはその当時よく考えたもんだ。
結局紙切れ1枚じゃんとか、世間体だから、とか。

友人のコラムを読んで、ちょっと年を取るのが楽しみになったよ。

ありがと。

結婚は、そんな悪いものじゃないと思う。
歳をとればとるほど、いいもんなんじゃないかなと思う。
しわくちゃになったとき、
しわくちゃに向かってしわくちゃが笑いかける。
そんな思い出を共有できる同志が、そばにいるだけで。

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Movable Type コンテスト 2005のその後

き・きたぞー!
返信!

ppt 様

Movable Type コンテスト事務局です。
この度は Movable Type コンテスト 2005 に
エントリーいただき、まことにありがとうございます。

エントリー受付が完了しましたので、ご連絡いたします。
以下のURLにて、エントリー情報を公開しておりますので
ご確認くださいますよう、よろしくお願いいたします。

エントリーNo.125
http://mt.rsh.jp/2005/07/no125.html


Movable Type コンテスト 2005 の結果発表は
10月中旬を予定しております。
結果発表後、追ってご連絡させていただきますので、
よろしくお願いいたします。

Movable Type コンテスト 事務局

というわけで、エントリー完了。
がんばって更新しないとな。

書きたいことは山ほどあるし、やりたいことも山ほどあります。

あとは実践のみじゃ。

なんと

嫁が妊娠していることが発覚しました。
いやー。正直とてもうれしいです。

子供がいる自分がまだ想像ができませんが、
今年はなんとしても子供ができるよう
コソコソがんばってきた甲斐がありました。

しかしこれからどうすればいいんだろう??

今後の進め方

今ちまたにあふれているブログはその人それぞれの日記や考えを出していた
と思うんだけど、ありふれてきてしまって、正直ちょっと飽きてしまっていたので、
個人の考え方の発表というより、もう少し実践的な何かにしてみたいなと
思っていました。

その実践をリアルの場で実際に行動に移すということは当然
として、それの発表と反応をバーチャルとリアルで両方から
得るとどうなんだろう?というのがもともとの考えにあって、
ブログは他の人とのやり取りは双方向ではなく、半双方向み
たいなところがあるけど、より多くの人の反応を得るにはい
いツールだし、リアルの会議などでは、完全双方向でよいけ
ど、伝えたり反応を得るには対象が少なすぎるし。

ということで、何かをするにあたって、その両方を組み合わ
せると結構いいかなと。

「伝える・反応を見る」

     反応 伝達
リアル →○  ×
ブログ →△  ○

この組み合わせで、何かを実践したときの気づきや考えをま
とめて、自分や周りの人の糧にしていければと。

なので、今後はリアルの場での愉快議ネタもあわせて報告していきます。

姿勢と精神とイメージ

姿勢と精神は密接に結びついているらしいということに対し
「上を向いて、胸をはって、笑っている」状態を意識的に行ってみた昨日1日。

効果としては、抜群であった。


この話を試しに知人にやってみてもらったところ、その人からも
「なんか胸がすっとする感じがして軽くなるような気がする」という感想が。

サンプルとしては2だが、僕も知人も全く同じ感想になったのが
本当にびっくり。

なぜ効果があったかを考えてみた。

姿勢→精神と直結するという体のメカニズムはちょっとなかなかピンとこず、
精神をコントロールするものというのは何か考えてみると、それはイメージなんでは
ないかなと。

これは姿勢や環境、場所など、なにか精神に直接働きかけるものではなく
その精神に働きかけるであろう、脳の中のとあるイメージに結びつく姿勢が
精神をコントロールするのではないかな。

・とある姿勢をとる(「上を向いて、胸をはって、笑っている」姿勢)
  ↓
・とあるイメージを喚起する(充実し、楽しいイメージ)
  ↓
・とあるイメージに紐づいた精神状態になる(充実し、楽しい状態)

という流れがあるのだろうなと思う。

つまり、ある精神状態にしたい場合、その精神状態に紐付けられているイメージを
想像し、またそのイメージに紐づく姿勢を連想することで、ある程度自分の中の
精神状態を意図する状態にすることができるのではないかと思う。

なんとなく頭でわかっていたことだけど、自分にとってとてもいい発見だった。


ユダヤ人が教える正しい頭脳の鍛え方
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5 真似しましょう!
3 面白い読み物

朝から

今日より、「上を向いて、胸をはって、笑っている」ことをやってみています。

「笑っている」ところで変人扱いされないよう注意しつつ、家を出てから会社まで試してみました。

今日は天気もいいせいなのかわかりませんが、なんだか禁煙に成功していたときのような
胸のスッと感があるのは気のせいでしょうか・・。

なんだか効果がありそうな予感。。

続きはまた後ほど。

実践塾を実践

嫌いな人のタイプは

・言い訳の多い人
・うそをつく人
・口だけの人


そこで、最近ふと気づいたのは、自分がそうなってきてるんじゃないのか?ということ。
特に「口だけの人」になりつつあるような気がしてなりませんでした。
仕事上、何名かの部下がいるのですが、その部下に対しては偉そうに説教を垂れ、
「こうしないとダメじゃない」といっている自分がいて、でも自分がそれを行動に移してしっかりやっているかと言えばそんなことはないように思って。。
説得する必要はないけど、今の自分から出る言葉はなんだか自分の言葉じゃないような気がするし、相手にとって納得性の高いものではないような気がするのです。。

なので、とにかく「いいな」と思ったことや「納得」したことは自分で少しずつでもいいので実践し、その体験をもとに、いろんな人と関係していきたいという欲求が出てきました。

「体験」とう言葉は「経験」した内容を元に、それに対していろいろと考え、自分のなかの血肉になることと僕はイメージしています。

なので、一つ一つのことをしっかりと「体験」できるよう、気楽に気長にやっていこうかなと。

たぶん1週間に1回くらいのペースでの更新になると思います。

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