- 2008-06-07 (土)
- 日記
僕らの生活や仕事を便利にしてくれるはずのコンピューター。
大きな期待を受けて、どんどん生活の中にとけ込み、社会の中の
隅々まで行き渡っている。
たった十数年前まで、携帯を持っている人もPCを持っている人も
ほとんどいなかったというのが信じられない。
それだけ日常にとけ込んでいるそれらコンピューターだけど、
どのくらい便利に豊かにしてくれたのだろうか?
特にインターネットというものに繋がっているこれらは
休みなく、何かを受け入れ、何かを流し続け、モニターの中は
年中無休で常に師走のアメ横なみに忙しく動いている。
そして、たった一つのクリックが、そのモニターの中に別の世界を
表現してくれる。
とこんな感じに書くと、なんだかスゴいことなんだけど、
これねー、本当に仕事にならない。
ついつい見ちゃうもん。いろんなところ。
繋がっている先が気になってどうしようもない。
電車の中で携帯で話している人がいたとき、気になって気になって
しょうがなくなるのと一緒な気がする。
同じ空間にいる人が、その人だけ別の世界と繋がっている。
それが我慢できないというかムカつくんだと思う。
知らない人達が周りに聞こえるようなボリュームの声で話していても
気にならないのに、携帯で話している人は気になる。
それはもう、繋がっている先が自分に分からない、ということに
対してストレスなんだろうなぁ。
これはなんなんだろうか。
想像にとどまってしまうけど、大昔、繋がっている先が見えないこと自体が、
あそこは危ないとか、どこそこにうまいもんがいっぱいある、とかの
生存に関わる情報源が入ってこないことに繋がるため、繋がっていないこと自体に
感じる不安感とか不満とかはDNAにインプットされているんではないかと思ってしまう。
だからこそ、「繋がる」という事自体は誰もが求める一つのキーワードとして、
これだけ多くのサービスを生み、商品を生み、研究がなされてきた。
でもね、自分にとっては、今ちょっと行き過ぎている。
パソコンを立ち上げた瞬間に、様々な「外と簡単に繋がる情報」が大量に飛び込んでくる。
全く消化できないくらい飛び込んでくる。
それこそ世界中の情報が簡単に集まり、いろんな人の興味深い話を見ることができ
新しい新鮮なものに触れることができる。
そしてそれらがまた無限に横に繋がって行き、そしてまた新しいものが生まれ、と
もう本当にきりがない。
情報の消化不良を起こしてしまう。
だから、僕は仕事の仕方を変えた。
今までは、最短距離でゴールに行けるように、様々な手段を使って、
自動的に入ってくるものを消化することに、力を入れていたように思う。
なんせ、入ってくる情報には限界がないし、そしてそれらをうまく
まとめてくれる、簡単に得ることができる為の手段がたくさん用意されている。
外から入ってくることを咀嚼する力(理解する力)をつける。
そのことが最短距離で成果を出せる方法。
だと思っていた。
それが今までのやり方だった。
今はちょっと変わった。
まず変わったのは、PCを立ち上げない時間をとにかく多く作った。
仕事道具はノートとペンかえんぴつ。
入ってくる情報は激減した。
その代わり、何かを生み出す(考える+作る)という時間が圧倒的に増えた。
便利で効率的な手段はほとんどなくしてしまったため、非常にアナログな
方法で時間もかかっている。
でもね、なんだか、これがとてもいいのだ。
例えば、企画を出す数やスピードという事自体は前よりもかなり減ったと思う。
でも、一つ一つの芯が強く太くなったような気がする。
まだまだ「気がする」という段階なので、よかったのかどうかは分からないが
「よさそうだ」という感覚はなんとなくある。
僕らの生活や仕事を便利にしてくれるはずのコンピューター。
それは主役ではなく、あくまでも何かをする為の手段でしかない。
ということを肝に銘じたい。
コンピューターに振り回されるか。
コンピューターを振り回すか。
おいらは後者でいたい。
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釣り堀の恋人、再び現る
※この写真は、会社の近くにある釣り堀、どんなに天気が悪くても
たった1人でも、かならず毎日同じ場所にいるおじさんの
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