前回のエントリーの捕捉というか追記です。
前回書いたように日本古来の神道というのが、点線的な思想を持ち、
異質なものとぶつかりあうのではなく、お互いに影響し合い、
それ自体が変容してきたと考えられる。
これは、今よく企業間などでみられるコラボレーションとは本質的に異なる。
コラボレーションは、異質なもの同士が協業/協力/共同で
新たな異質なものを生み出す。
点線的なものは、新たなものを生み出すこともあるだろうが
元々のそのもの自体が変容して行く。
そう考えると、線的な宗教であるキリスト教の元で発展してきた
資本主義経済の中で企業間でコラボレーションをするという考えは
至極全うで、とても納得いく形だ。
そのもの自体が変容するというよりも、異質なもの同士がくっつく形で
新たな価値を生む。
パッチワークのような形だ。
これは企業間で見ると、M&Aなどはその際たるものだと思う。
そう考えた際に、点線的なものというのはどうなるのだろうか。
いくつかのくっついたり、影響し合ったもの同士が
パッチワークのようにくっつくのではなく、お互いが溶け合うように
影響し合い、新しい何かに生まれ変わる。
線的な考え方で生まれたM&Aが、意識しているしていないに関わらず
点瀬点的な考え方が根っこにある日本でなかなかうまくいかないというのも、
なるほどとうなずける。
実際に、自分が過去に在籍していた会社では2度のM&Aを経験したが
なかなかうまくシナジーを出せなかった。
全く別の会社が会計上一緒になっているだけで、各々の会社同士の
連携から新しく何かが生まれてきたということは皆無に等しい。
異質なものと溶け合うことで、新しい何かに生まれ変わるという
日本が元々持っていた、文化や価値観。
言い換えれば、「曖昧」「グレー」「和」「シンプル」「わび」「さび」
といったもの。
争わずに握手し、溶け合うこと。
これは、M&Aの効果を最大限に発揮する、文化や価値観なんではないだろうか。
欧米型の経営手法が主流ではあるけど、異質なものと繋がり合うことが
より多くなるこれからは、線的なものより点線的な考え方が大事になって
くるような気がする。
そういえばOS でも、Windows と Mac の違いに上記のような違いを感じる。
Win は線的にいろんな機能がパッチワークのようにくっつき、結果として
ややこしく重くめんどくさいイメージを持つ。
Macは逆で、様々な異質な問題や機能を解決するために、その中から最適な解を
シンプルに実装している。
諸々のことを線的にくっつけているか、点線的に溶け合って一つのものと
して変容してきているかのいい例ではないかと思う。
余談だが、シンプルなことというと、どうしても「機能的に少ないもの」ということに
流れてしまいがちだ。
本来のシンプルさというのは、異質なものと溶け合いながらそれらをごちゃごちゃと
くっつけるのではなく、その中から最適な最小限の何かを生み出すことだと思う。
線的なものより、点線的なもの、という考えでいくほうがよいようにますます感じる。
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