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何かができるようになる、ということ

事の大小はあれ、「○○できるようになりたい」とか「△△したい」とか、ある。
しかもたいていの場合、わりと「近日中」にだ。

でも、これってやっぱり現実的に考えて、難しいことが多くて、なぜかって言うと、
たぶん人間は、そんなに器用にできていないからなんだと思う。

ながーい年月をかけて、今のカタチになった人間が、何かを直ぐに習得したり変化するのって、
結構難しいんだと思う。
でも、そう考えると、ながーい年月をかければ、OKか、というと、それはOKな気がするんです。

人の体に関係することとかだと、それこそながーい年月をかけることで、
たぶん何かしらの変化はおきるんじゃないかと思う。

では、そこまで大掛かりな変化じゃない場合はどうか?

「近日中」というのは難しいけど、「ながーい年月」ではなく、
「ちょっとながい年月」をかけることで、可能になることっていうのはとても多いと思う。

例えば英語を話せるようになる、とか、結構いい絵をかけるようになる、とか、
あるスポーツでいい線までいくとか。

たぶん「近日中」は無理だけど、これは「ちょっとながい年月」をかけることで
可能なことのように思う。

人はそんなに器用なイキモノじゃないけど、「継続」するということで、
何かしらの変化をもたらすことはできると思うし、一番の近道だと思う。

そうすると、「継続」するにはどうするといいか。

たぶん一つはそれ自体に「楽しさ」があること。
「嬉しい」とかのように、何かが起こることで自分の感情を振るわせるものではなく、
ダイレクトに「自分が楽しい」というもの。

そして、もう一つは、継続するということは、
たぶん最初に想像してもいなかったようなこと
(風邪で寝込むとか、家族が病気になるとか、好きな人に誘われたとか、
おまえダメじゃんと言われたとか)が起きて、継続することを拒もうとする。

それでも、ガマンする。

克服する、というおおげさなものではなく、ガマンする、というのが一番あっているような気がする。

「楽しい」と思うものを、イヤなことや障害があっても「ガマン」して、
ひたすら淡々と「継続」する。

それをやっていくと、たぶん自分が知らない間に、気付かないうちにいろいろとできていて、
ある日周りの人にそれを認めてもらえるときが来ると思う。

周りの人に指摘されて、初めて自分で「できるようになっていた」ということに気付くと思う。

自分が数日でできるようなことは、他の人も数日でできるようになることができる。
でも、ちょっとながい年月をかけることでできることって、他の人はそんなにできない。

だからこそ、そこに、周りが「いいな」とか「ビックリすること」とかが
生まれることができるんだと思う。

最初は下手でもいいので、継続すること。

それが、何かができるようになるための、一番の近道だと思う。

と書いていて、以前読んだ「ボールペンとえんぴつのこと―銀座の小さな文具店」と言う本のことを思い出した。

ここにも書きましたがこの本でも継続することについて、作者の宇井野さんがこのように書いている。

クリエイティブとは、センスや才能というよりも、その分野に長い時間、関わり続けたこと、に尽きるのではないか。

なんていうことを感じることが、最近チョコチョコありました。

     
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